A Picaresque Romantic LIFE / くろいぬ
【バリー・ザ・チョッパー】





A Picaresque Romantic LIFE





 まあ、よくここにこうやって存在してるよなと、自分で自分に感心する。
 人生ってな適当にやってけるもんなんだな。
 オレのこの状態を『人生』と言うのかどうかは判んねえけど。
「いい人生だったって言い切ってやるさ。何せオレ様は女運がイイ」

 始めて斬った恋女房は、今思い返しても惚れ惚れするようないい女だった。
 抱き締めて顔を胸に埋めると、そのまま中まで潜り込んでしまうんじゃないかと思うくらいに吸い付くような滑らかな膚で、柔らかくひんやりとして、イイ匂いをさせていた。
 町の肉屋の女房に収まるには、ちょっと女っぷりがよ過ぎたくらいだ。
 だから、他の男のモノになんてしてやらなかった。
 特別誂えのナイフを丁寧に丁寧に研いで、空気すら切れるくらいに研ぎ澄ましたので、女房を斬った。
 オレを見た瞳を、キスしたり喧嘩したりした唇を、オレに触れた指を、オレの背に回した腕を、オレが触れた乳房を、心臓を、胃袋を、肝臓を、小腸大腸子宮膀胱、皮下脂肪や内臓回りの脂、色んな大きさの筋肉、全ての器官を細かに解体し眺め証した。
 死後硬直の始まる前のまだ暖かな躯を、手慣れた作業をミスのないようにと心掛けながら、丁寧に割いた。
 切り開き、秘密を明らかにするように全部晒し出した。
 どうやってあんな顔をオレに見せることが出来たのか、抱いた時にあんなに背を撓らせることが出来たのか。
 他の男にくれてた流し目を、どうやって表情に浮かべたのか。
 筋肉の働きを確かめられるように。
 関節をひとつひとつ試しに動かしながら。

 オレには過ぎた女だったが、女房のことを誰よりも詳しく知っているのはこのオレだ。

 解体することに取り憑かれ、新聞には切り裂き殺人鬼の記事が頻繁に載るようになった。
 やがてオレは捕らえられ、号外には『バリー・ザ・チョッパー』と太い活字で黒々と名が記された。
 それから。
 『66』という囚人番号のまま朽ちぬ鎧の躯で生かされて。
 しかしオレの運は良かった。
 暗い第五研究所は死の臭いに満ち、脱走した被験者やごく稀に訪れる侵入者を存分に刻むコトもできた。
 腕の衰える暇などなかった。
 むさ苦しい野郎共の躯を解体しながら、常に女房のことを夢見ていたような気がする。
 血管の一本一本の在処を確かめた、白く滑らかな膚に包まれた肉体の夢を。
 
 崩壊する研究所から逃走し、オレはまた世界を取り戻した。
 派手に動き回れば多分、あの黒衣のホムンクルス達がすぐに俺を始末にやってくるだろう。
 始末される前に、悪夢を呼び起こす『バリー・ザ・チョッパー』の名を再び世に轟かせることは出来るのか?
 負けるつもりもないがリスクの高い賭けを楽しむつもりで、手始めに、夜道をひとり歩く女を標的に決めた。

 女はまっすぐ前を向き、暗い道を足早に歩いていた。
 ぴんと伸びた背筋と躍動感のある足取りが、女の均整の取れた躯付きと相まって目を引いた。
 金色の髪が長くなびいていた。
 そこから覗く横顔の白さときつい目つきが、目に焼き付いた。
『ああ、いい女だ』
 後ろ姿の臀の動きに見とれる。
 嘗て自分のものだった女を思いだした。
 オレの女房を。
 オレを棄てて行こうとした女の白い躯を。
 切り裂いて、躯の中まで全部暴き尽くそうと始めて思った女を。
 それ程に眺め証しても尚、何故オレを棄てて他の男を見るようになったのか判らなかった女のことを。
『この女の中には、ナニが詰まってるんだろう?』
 『女』というものの秘密を、今度こそ解き明かすことが出来るかもしれない。
 吸い寄せられるように歩み出て、女に声をかけた。

「おねェさん。こんな時間に一人で歩いてちゃ危ねェなア」

 人生の大誤算はこんなトコロでやって来た。
 強え女ってのは存在するもんだ。
 刀を振り翳した途端に、女は軍用銃を向け発砲した。
 連射された。
 女房と同じ柔らかな白い肌の下には、強靱で無駄のない筋肉と、オレより据わった肝っ玉が存在していた。
 女は鍛えられた職業軍人だったし、何より、生きる死ぬをじっと見つめてそこから逃げない強さを持ち併せていた。
 負けたら死体となって転がるだけ、どんなに美しく謎めいてても、死ねば肉屋に吊される肉塊と同じだと判っていた。
 強者と弱者の論理が生きる世界に属する女。
 オレの馴染み深い世界に存在し、同じ言葉が通じる女。
 何てこった。
 敵わねェ。

 こんな女が存在するとは。


 躯の奥底から笑いがこみ上げる。
 このオレ様の、女運の良さ。
 膚も器量も躯も上物のこの女の関心事は、上っついた心のやり取り、猫がネズミにするような弄びじゃない。
 オレにも判る、強ければ生き残り弱ければ何も為すことなく死んで行くという単純な事実に基づいた、生き延びる意志の強さ。
 こんな女に出会えるなんて、思いもしなかった。

「強い女、大好きよォ」

 どうせ行くアテのない人生だし、女について行こうと決めた。
 『強い女』と音にした瞬間だけ、女は眉を顰めた。
 思いもよらぬ反応にオレは笑った。
 男から『強い』と言われることに含みを感じ取る、女のうぶさだった。
 こんなにも掛け値なく強く、こんなにも本心からの褒め言葉だというのに、女が垣間見せた可愛らしいうぶさに喜びが湧き、オレは笑い続けた。
 このオレ様の女運の良さ。
 惜しむらくは、女が芯の強さを見せる時ってぇのは、大概男が絡んでるってことで……
 まぁ、何事も順風満帆て訳には行かねえ。
 こうでなくちゃ面白くねえ。

 電話で呼び出したスカした野郎に、女がオレの名を告げた。
『この男、死刑になった筈のバリー・ザ・チョッパーです!』
 女がオレをこの世に復活させた。
 素晴らしき哉、オレの女運。
 素晴らしき哉、我が人生。





fin.