おやすみ / くろいぬ
【ヒュー←ロイ】【エド】【10年↑後?】






『おやすみ』


 はがねの、はがねの。
 君に特別にいいものを見せてあげよう。


 ライティングビューローの引出の鍵を開け小さな筺を取り出し、小さな声で呼ぶと彼は、胡散臭そうな目つきで私を見た。
 わかってる、彼は酔っ払いに付き合うのはもう沢山だと思っているんだ。
 しょうがないだろう、久し振りに会えて嬉しかったんだから。
 懐かしい話を沢山出来て嬉しかったんだから。
 それに随分背も伸びて、酔った私を背負うのも、軽々だったじゃないのかね。

 イヤイヤながら、彼は私が掌に載せたものを覗き込んだ。
 私はそっと、真珠母貝細工の小筺を開く。
 純白びろうどの内張りの中、クッションの上に座った小さな弾丸。

「あんた、これ……」
「あたりだよ」

 そう、これは。
 検死官が彼の躯から穿り出した、彼の命を奪った弾丸。
 彼の人生の一番最後に、何より深く触れたもの。

「ずっと仕舞われていたけれど、この地位についてすぐ、威を振りかざして手に入れたんだ」
「そんなものを持ち続けていることが、よいことだとは思えない」
「はがねの」

 掌に筺を包み大切に抱えこむと、彼は憐れむように私を見た。

「はがねの、そんなに怖い顔をするな。こんなものに押し潰されようとしている訳じゃない。それにいつも眺めている訳じゃない。君には判るんじゃないかと思っていたよ」

 蓋の隙間を覗きこむと、歪んだ弾丸は小筺の中でころりと転がった。
 真珠母貝の柔らかなきらめきと、白びろうどの上の鈍い金色。

「君も大事に抱えたままだろ、その右腕を。ねえそれは重たく冷たいものだけど、それだけじゃないんじゃないのかな。鋼の重みで君達を、何より誰より近付けただろ」
「何を言いたいんだ」

 手袋に包まれた右腕を羨望交じりで見つめたら、彼は傷付いたように目線を逸らした。

「愛情も情愛も、喜びも悲しみも、憎しみも苦しみも。その腕があるから君達は、誰より強い絆を持つ。いついつまでも忘れられない時間を共有し、傷口から血を流し続ける」
「もう寝た方がいい。あんたは酔っているんだよ」

 彼は肩を抱えるように、私の躯をゆっくり押した。
 いつの間にか私の背など追い越した、長身に促されて寝室へ向かう。

「夢も見ずに眠れるさ」

 シーツを手荒く捲った彼は、子供にするみたいに私をベッドに押し込めた。
 横になった途端に、私の小筺を取り上げようと。

「……ちゃんと元の場所に大事に仕舞っておくから。棄てたりなんかしないから」
「はがねの。彼に何より近付けるものを、ずっと持っていたいんだ」

 見上げる視界を白い手袋が塞いだ。

「眠れよ」

 言われるままに目蓋を閉ざせば、鋼の指が髪を梳く。
 なんどもなんども。
 金属の質感が、羽根のようにやさしく触れた。

「あんたは酔ってる。明日になったら何ひとつ覚えちゃいないさ」

 ああ、そうだな。と。
 声には出さずそう思った。
 彼が真珠母貝の小筺をちゃんと仕舞ってくれるなら、翌朝それをテーブルの上に見つけて茫然とすることもないだろう。
 またいつかあの金色の弾丸を見たくなるまでは、小筺は眠り続けるだろう。

「はがねの」

 髪を梳る指を感じながら、彼と、いつまでも若い笑顔のまま胸の内に住む男に。
 おやすみと囁いた。






fin.