| お守り-3 / くろいぬ |
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【ヒューロイ】【士官学校】 『お守り3 - another knight bachelor -』 焔の錬金術師が錬成に失敗した。 その噂は瞬く間に学校中に知れ渡った。 「くだらん噂話の好きな暇人がこんなに多いとは」 「バーカ、憎まれっ子世にはばかるの典型みたいな奴の失敗だぜ? オモシロくってしょうがないのに決まってんだろ」 「故意に面白がらせようとする演出家がいるのでは、そうもなるだろうがな!」 ロイとヒューズが、ざわめく寮の食堂のテーブルを挟み睨み合っていた。 とは言っても、火を噴くような目付きをしているのは噂の的の焔の錬金術師ひとり、対するヒューズは笑いを堪えながら、楽しげに食事を摂っている。 その晩の献立は、チキンソテーに付け合わせは根菜の温サラダ、スパイスを効かせた白身の魚のフライ、パンとスープ、デザートにパンケーキとりんごといった、ごくありふれたものだった。 ヒューズは旺盛な食欲を見せ、きれいに焼き目の付いたチキンをナイフとフォークで解体しては、口に放り込んで行く。 「あー、ンめえよな。腹減ってる時には食堂のオバチャン達が天使に見える」 メインのプレートを速攻で空にしたヒューズは、天使達に聞かれたら一品減らされそうなことを言いながら、フィッシュフライとパンをあっと言う間に平らげて行く。 ヒューズの向かいでは、ロイがフィッシュフライとパンだけに囓り付いていた。 ロイの利き手には、グルグル巻の包帯が巻き付いていた。 日付を一日遡る。 その夜、ロイ・マスタングは学校に隣接した練兵場で、ひとり錬金術の実験をしていた。 ロイは、特殊な布地から火花を飛ばし、対象となる可燃物周辺の酸素濃度を調整し爆発炎上させるという、比較的シンプルでありながら周囲へ視覚的、心理的な効果をも与える錬成術を得意としていた。 彼自身が得意と思っている訳ではない。 彼の錬金術の有効性と影響力を軍が評価し、技術の鍛錬を求められたのだ。 「ひとつ、精度の向上。例えば集団の中のたったひとりを跡形もなく燃やし尽くせるように」 ロイは呟き、50メートル離して置いた複数のダミーの中から、その一体を炎上させた。 「ひとつ、有効範囲の拡大。何百人でも焼けるように」 残りのダミー全てを焼き尽くす。 「ひとつ、応用の幅を広げること。例えば、……コレは成功するかな?」 ダミーの焼け残りから離れた場所に、小さな山があった。 山の正体は、ありふれた粉砂糖だ。 特定の範囲内に粉砂糖を分散浮遊させ、そこに火花を引火させて粉塵爆発を引き起こすつもりだった。 気圧に変化をつけ、気流を起こして粉砂糖を撒き上げるか。 空気圧を一瞬急激に下げて、粉砂糖を一気に拡散させた後に酸素濃度を上げるか。 砂糖の精製工場や小麦粉の製粉場などでどれ程神経を配っていても、稀に爆発事故は起こる。 だが、その偶然の惨事を故意に引き起こそうとすると、事故の起き得る特殊な環境は再現構築が難しいものとなる。 「砂糖、小麦粉、木屑、木炭粉。どこにでもありふれたモノを危険物に仕立て上げる。……意外と面倒臭いな」 面倒臭くはあっても、一般人には過程の理解し辛い錬金術も、ご家庭で身近に見慣れたモノが凶器になり得るという薄ら寒さがあれば、肌身にしみたアピールとなり得る。 例えば、錬金術師と大総統府との橋渡しに任命された、錬金術に不慣れな運の悪い士官学校の教師等には。 「……そういうのに限って、自分に理解出来ないものを認めたがらず、排除したがるから厄介だな」 ロイは地面に錬成陣を描きながら呟いた。 『妬まれてるな』 ヒューズはそう言い捨てて笑った。 普段級友達に見せる笑みとは違う片方の眉を引き上げた笑いは、狭量な教師に向けられたものではあったが。 「面倒臭いが、そんな奴らだらけだからな」 立ち上がり錬成陣を描いた発火布の手袋を付けたロイは、右腕をゆっくり前に向けた。 ぱち。 指を鳴らして飛ばした火花はまっすぐに、空気を孕んで拡散する可燃物へ引火する。 炎の燃え上がる輝きと爆音と急激に膨張する空気に圧され、ロイは目を瞑った。 爆風はすぐに収まり、ロイは抉れた地面へと向かった。 爆発の規模を限定させる必要がある。 熱の発生の制御を、可燃物の種類によって調整する必要もありそうだ。 瞬時に燃え散った炭化物の残したきな臭さを嗅ぎ取りながら、ロイは深く息を吐いた。 砂糖、小麦粉、コーンスターチ…… ありふれた、小さな村落のキッチンや食堂、居間にでも存在するもの。 爆発し、燃え広がって家中を舐め尽くす炎の舌。 例えば、軍部に不満を持つ者達。 中央を離れればそれだけ軍の影響力も薄れ、そして東部の地では戦禍に巻き込まれた人々がまだ記憶を生々しく持ち続けている。 軍を恨み、報復の機会を待ち続けている者も存在する。 そんな復讐者達が集うのであれば、そこがありふれた平和な家庭であっても、長閑な村のバーであっても、掃討する場面があるだろう。 需要のある物を供給するのが効率的なのだ。 求められた要求を満たして提示することが、軍からの評価を上げる最低条件だ。 ロイはまた別の場所に作った粉糖の小山に向け、腕を上げた。 火花を散らす為に指を擦り合わせる、その最中にロイの目は、小山の傍に光るふたつの星を捉えた。 「!?」 流れるふたつの星がその場に止まる。 迷い込んだ猫が、ロイと目線を合わせて硬直した。 「……ぐぅッ!」 ロイの掲げる掌が炎に包まれた。 目標物へ真っ直ぐ伸ばす目には見えない酸素の道の錬成を、咄嗟に中止させようとしたのだ。 火花を導く酸素の道は中空で途切れ、その場で散って行かずロイの元までリバースした。 手許で炎が膨れ上がったのは一瞬のことであったのに、熱は白い手袋越しに掌を灼いた。 「痛ぅ」 不燃性の手袋を投げ捨てたが、既にロイの掌は赤く腫れ、みるみるうちに火膨れて行く。 予定していた目標地点に目線を投げれば、先程の猫はとっくにどこかへ逃げ去った後だった。 「何てこった」 猫が逃げたことに安堵を感じ、ロイは呟いた。 「何てこった」 仮定の未来を思い描き、手を汚す覚悟を決めるのだと悲壮な気分に浸っていながら、猫も焼けないとは。 皿にナイフとフォークを置く硬質な音に、ロイはパンを囓りながら目を上げた。 ヒューズはメインプレートを二皿分胃袋の中に片付け、今はフィッシュフライを指で摘み上げて口に放り込んでいた。 利き腕に火膨れを作りナイフの使えないロイは、パンをひたすらに食べ続ける。 余りに哀れなその状態に、食堂の天使達がマグカップに注いでくれたスープを、一気に飲み干す。 「……何だ」 「何だ、って言われても」 上目で問うて来るロイに応えながら、ヒューズはにやにやと笑いを浮かべ、油でべたついた指をナプキンで拭った。 「自分が食い終わったから、今度は飢えた子供に食べさせようかと」 「要らん」 「遠慮すんなよ」 「要らんと言ったら要らん!」 ロイは食べかけのフィッシュフライを口に放り込み、りんごを掴んで席を立とうとした。 「!? 何をする!?」 「マスタング、しっかり食わないと夜中に腹が減るぜ?」 寮の隣室の生徒が背後からロイの肩を押さえた。 「肉と野菜、躯を作るにはコレだろ。貧相な躯の士官学校出なんか、叩き上げの軍曹殿にはお嬢チャン扱いだろうな。食え」 「食わんと背、伸びねえぞ」 周囲の生徒達から腕を掴まれ、頭を上から押さえ込まれして、ロイは椅子から身動き取れなくなる。 「摂れるだけの栄養は今摂った。怪我が治ったら余分を取り戻して食い捲る。今はいい。もう腹が一杯になった。……だからもう要らないと言ってるだろーが、ヒューズ!?」 生徒達に囲まれ逃げ出せなくなったロイの目の前で、ヒューズが新たなプレートのチキンにナイフを入れていた。 丁寧にひと口サイズに切り分けた肉をフォークに突き差し、たっぷりとソースを絡めてロイの口元へ差し出す。 「ホレ、あーん」 「ヒューズ!!」 真っ赤な顔で怒鳴るロイの姿に、生徒達は盛大に笑い声を上げた。 前夜、ロイが火傷を負って寮の部屋に戻った時、同室のヒューズは一瞬顔色を変えたものの、黙って医務室へ氷と氷嚢を取りに行った。 練兵場の片隅の水道で熱を冷ました火傷の痕は、傷が破れたりはしなかったが、赤く腫れてひっきりなしにずきずきと疼き、ロイをうんざりとした気分にさせた。 大量殺戮の覚悟どころか猫一匹に動揺する自分が情け無く、続く火傷の痛みにふらつく心が咎められているように感じられる。 「火傷をすぐに冷やしたのは、おまえさんにしちゃマシな判断だ。だが冷やすついでに袖をずぶ濡れにしちまったら、すぐに乾いた服に着替えるようにしろ。それで風邪をひいても誰も同情しちゃくれねえぜ?」 「傷口に塩を塗り込むな」 濡れた上着とシャツを脱いだロイの腕を取り、ヒューズは火傷の傷痕にそっとガーゼを重ねた。 「どうした、ロイ? 大人しいじゃねえかよ」 「自分の度し難さに呆れてるだけだ。火傷だけじゃなく、頭も冷やせばよかったか」 「本格的に風邪ひくぜ。どうせ夜中疼いて痛むだろうからな、火傷冷やすだけで手一杯になるんじゃないか?」 ガーゼの上に包帯を巻きながらヒューズは軽口を叩いた。 火傷の原因も問わず、ロイの様子がおかしいことに気付いても理由を尋ねない。 「ヒューズ」 「ンー?」 備え付けの救急箱を片付けながら、ヒューズは返事を返した。 生返事のようにも聞こえるヒューズの声だが、背を見せたままで自分に全神経を向けているのだと、ロイは根拠もなく思った。 何も訊かずにいてくれるのだと。 情け無い泣き言を洩らせば多分、ヒューズは黙ってそれを聞いてくれるのだろう。 言わずにおれば、黙っている自分をそのまま受け入れてくれるのだ。 「ほらよ」 ヒューズの投げて寄越したシャツが、ロイの頭に引っ掛かった。 頬に触れた乾いた肌触りに目を瞑った瞬間、布地越しに頭の上に掌を置かれ手荒く撫でられる。 ぐらぐらと揺れる首に閉口しながらも、ロイは唇を笑みの形に歪めた。 子供相手と思われている。 子供扱いをされても、今の自分は仕方がないのかも知れない。 未来の大量殺戮者でありながら、迷い込んだ猫一匹を逃して安堵した脆弱さを、多分ヒューズは否定しない。 自分でも受け入れ難い心の動きも、ヒューズは受け容れてくれるのだろう。 そう思えるだけで、今はいいとロイは思った。 「手間をかけさせたな」 「気にするな。意気消沈する焔の錬金術師を眺めるなんていう希有な機会に、こっちも面白がってるからな」 「明日には復活するさ」 「何だ、つまんねえな。……氷、追加しとくか?」 「溶けたら錬成するからいい」 「便利だな」 翌朝、利き手の使えぬロイは、朝食の卵料理とソーセイジとサラダ相手に、左手に不器用に握り込んだフォークで悪戦苦闘をしていた。 調味料の瓶の蓋を外すのもひと苦労といった姿を見て、ヒューズはロイの朝食のトレイを奪い、薄切りパンに卵も肉も野菜も挟み込んだ。 「胡椒かけるか? それともケチャップソースか?」 「……ケチャップを頼む」 周囲の生徒達の好奇の目を浴びながら、ロイはヒューズ特製サンドイッチを食べた。 途中、何人かの生徒が声をかける。 「どうしたんだ?」 「何でもない」 「ああ、単なる火傷だ」 「へえ」 ロイに替わってヒューズが答えた、焔の錬金術師の火傷という事実は、微妙に彼等のユーモアに触れたらしい。 余計な好奇心で探られる前にさっさと食堂を脱出しようと、ロイは急いでサンドイッチを平らげようとして、ケチャップを制服の胸に垂らした。 「染みになるぞ」 すかさずヒューズがそれを拭き取る。 ロイは残りのパンを口に詰め込んだ。 「もういい」 「ロイ」 音を立てて椅子から立ち上がったが、呼び止められて顔をヒューズに向けた瞬間、ナプキンで口元を拭われる。 「ケチャップ付いてたぞ」 顔を真っ赤にしたロイは足音も高く食堂を出た。 食堂のドアを後ろ手に閉めた瞬間、どっと湧いた笑い声に眩暈がしそうだった。 案の定、朝の食堂の一幕はその日の昼までに学校中に知れ渡り、興味津々で生徒達が待ちかまえるランチの食堂へは、ロイは近寄る気も起こらなかった。 普段そつなく学科や教練をこなす小生意気な焔の錬金術師が、火傷を負って、幼児のように食事の世話を受けている。 本人の耳にまで噂が漏れ聞こえる。 悪目立ちも甚だしい。 ロイは空腹を抱えて午後を過ごしたが、夜にはそれも限界に達した。 空腹を満たしたら速効で部屋に戻るつもりでロイは食堂に顔を出し、 ―――― 喜々とした顔付きのヒューズに捕まり、口元にフォークを運ばれている。 「マスタング、よく噛めよ?」 「野菜も食わなきゃ傷の治りが遅くなるぜ」 ロイを両脇から椅子に抑え込む生徒が笑いながら言うが、次々口に運ばれる肉を頬張るロイは、返事も出来ない。 「でもアレだなあ。おまえでも鈍くさい失敗するんだな」 「うっかり自分を丸焼けにしてしまわないでよかったな、マスタング」 同情の声をかけられ、ロイは喉を詰まらせた。 「水か?」 誰かが差し出したグラスの水を飲み干す最中、親切のつもりか背を叩かれて更に噎せる。 「ロイ」 ヒューズに呼ばれ、ロイは涙の滲む目を上げた。 「落ち込む間もなくてよかろう?」 「有り難すぎて涙が出る」 「機嫌悪ィな。甘いモンでもどうだ?」 今度は、フォークを突き刺すだけで甘い金色の蜜の滴るパンケーキを差し出される。 「マスタング、さっさと口開けないとハチミツが垂れるぜ?」 「首にナプキンでも巻いてやろうか?」 いい加減にしろと怒鳴りつけようとした、その口に香ばしいパンケーキを放り込まれた。 歯を当てると生地から染み出すハチミツの甘さにまた噎せかける。 馴れ馴れしく腕を掴んだ生徒が笑い声を上げた。 ロイの目の前ではヒューズが楽しげな顔をしていた。 包帯に包まれた右手はロイに疼きを伝え続けていたが、それも堪え兼ねる程の痛みではない。 迷い込んだ猫一匹を逃して安堵した脆弱さを、夕べ程は自嘲を感じずに思い返せそうだとロイは思った。 騒々しい馬鹿騒ぎの真っ只中では、感傷に浸り込む暇もない。 ハチミツの甘さに辟易としながらも、ロイはパンケーキを頬張り続けた。 fin. |