お守り / くろいぬ
【ヒューロイ】




『お守り』


 錬金術師達による特殊部隊の出陣が明日に迫っていた。
 前戦キャンプの指令部テントから、作戦会議を終えた男達がばらばらと散って行く。
「ロイ!」
 テントから出たロイは、暗がりで錫のスキットルを振って見せるヒューズに気付いた。

「出発は何時だ?」
「明け方前。人遣いの荒さは嘆かわしいものがあるな。仮眠する暇もない」
「じゃ、おまえさんには呑まない方がいいな」
「ばか者、ひと口くらいは寄越せ!」
 野営地の片隅で、スキットルが行き来する。
「地の利の無い敵地に明け方と同時に乗り込む。初めて顔を会わせたような奴らと同行の作戦で、やり辛いことこの上ない。いっそ単独の方が気が楽だ」
「珍しいな、気が立ってるロイ・マスタングとは」
「おまえの方こそ毛が逆立ってるぞ」
「留守番するより、いっそ最前線に同行する方が気が楽だ」
 ヒューズは吐き捨てるように言い、スキットルに口を付けた。

「なあ、船乗りのお守りを知ってるか? 陸(おか)の女の毛だそうだ」
「……」
 一体何を言い出すのかと、ロイは嫌そうな顔をヒューズに向けた。
「必ず陸に戻れるようにと、女の陰毛を大事に持って海に乗り出すんだ。おまえにもやろうか?」
「いらん!」
「一本なんてケチ臭いことは俺は言わないぞ。サービスしてやるから遠慮せずに持って行け」
「絶対いらん! 死んでもいらん!!」
 心底嫌そうに目を剥くロイを見て、ヒューズは声を上げて笑った。
「霊験あらたかなんだがなあ」
「別のをくれ」
 ロイはまだ笑い続けるヒューズの首に掌をかけ、引き寄せた。
 急なことに驚き薄く開いた唇に、自分の唇を押し付ける。

「……痛ッ!?」

 小さく噛み破った唇の、滲んだ血液をざらりと舐め取る。
「これで覚えた。おまえの所に戻って来られる」
 ヒューズの躯を突き放すようにして、ロイは歩き出した。
「準備があるからもう行く」
 黒髪に紺の軍服姿は、すぐに闇に紛れて消える。

 取り残されたヒューズはスキットルを呷った。
「イテテ……。滲みるぞ、馬鹿野郎」
 唇を拭った拳が薄らと赤く染まるのを見て、また酒を呷る。
「痛え」
 呟く声が、夜空に吸い込まれた。




fin.