お気に入り / 白猫
【ハボロイ】『楽園』の続き





『お気に入り』





「だからなんだってわざわざこんなモノを此処に送ってくるんだ!」
中央の特定の人物とのホットラインと化した感のある机上に備え付けの電話。普段、ほぼ100%相手から掛かって来るものを、今日に限っては、わざわざこちらから掛けてやったのには、深い訳があった。司令官専用のやたらと大きな机の上に鎮座する真っ黒い大きな塊。
『オイオイ、こんなモノはないだろうが。せっかくのエリシアちゃんの見立てに文句つける気か?』
「エリシア嬢に文句があるわけじゃない! 私が言いたいのは、これを何故司令部に送りつけたのかってことだ!」
『そりゃ、そっちの皆にも見てもらいたいからに決まってるだろうが。その黒い毛並み、たまんねーだろ? 手触りだって最高だ。さすがエリシアちゃんの選んだ猫だけある。いやぁ、そこまでよくできた縫いぐるみは中央にだってなかなかないんだぞ』
「ヒューズ!」
どうしようもない親友の高笑いを聞きながら声を張り上げた途端、視界の角から冷たい視線を注ぐ中尉に気付いて思わず声を潜める。
「こんなデカイ包みに寄りに寄って『取り扱い注意』だの『危険物』だのラベルを貼付けるから、思いきり不審物扱いされたんだぞ。これが私の手許に届くまで、一体何人の手に渡ったと思っているんだ!」
東方司令部の司令官宛に届く不審物は、こんな時勢だからこそ、厳重に検査されるというのに。さんざん検査された挙げ句、漸く、只の『縫いぐるみ』であると判断された、この本物の黒豹並みの大きさの『猫』が、恭しく司令室に届けられたときの、まるで気が遠くなるかのような絶望的な思い。『マスタング大佐個人宛の縫いぐるみ』の存在について、きっと今頃は既に司令部中に噂が広まっているに違いなかった。
『まあ、気にすんなって。それに案外便利だと思うぞ。お前のいつものサボリ癖が出たときには、ソイツを椅子に座らせておけば誤魔化せるんじゃねーか?』
「…どういう意味だ」
『お前に似てるだろ、ソレ』
「私の何処がコレに似てるんだっ!」
ぐっ。
叫んだ途端、受話器とは反対側の耳に聴こえた奇妙な音。嫌な予感と共にゆっくりと部屋を見渡せば、慌ててこちらに背を向ける面々。こういう場合、何の遠慮もなく馬鹿笑いするに決まっている大馬鹿はたまたま外出中だというのに。残っている面子の小刻みに揺れる背に、必死で笑いを堪えている様子が伺えて、思わず空いてる方の手を握りしめれば、途端にかけられる中尉の冷ややかな声。
「大佐。折角の贈り物を燃やしてしまうのは、マナーに反する行為かと思いますが」
「誰も燃やすなどとはっ…」
叫びかけて、握りしめた手に発火布の手袋をしていたことに気付いて慌てて外す、と。
『燃やすっ? おいっ、ロイ! まさかお前、エリシアちゃんの好意を燃やす気でいるんじゃねーだろなっ』
受話器の向こうから聴こえた大声に
「燃やしたいのはお前の方だっ!」
怒鳴りつけておいて、受話器を叩きつけた。
「大佐。お電話はお静かにと常々お願い申し上げている筈です」
「判っている!」
怒りを収める事の出来ないままに、立ち上がって部屋の角にあるロッカーの扉を大きな音をたてて開ける。
「大佐? どちらへ」
「市内の視察だ!」
「もうすぐハボック少尉が戻るはずですから、護衛に…」
「護衛など要らんっ!」
コートを手にしながら叫んだ途端、司令室の扉がタイミングよく開かれる。ロッカーからは死角になった扉の陰から聴こえてくる恍けた声。
「只今戻りましたーっと、あれ? 大佐ー? 何時の間に猫になっちまったんスか?」

堪え切れないとばかりに爆笑の沸き起こった室内に、一体どのくらいの火力でこの馬鹿を燃やしてやればいいかと考えながら、ゆっくりと振り返った。




「何故、お前が此処にいる」
結局、気分の悪いままに過ごした一日が漸く終わり、帰宅しようと司令部の大きな扉を出てみれば、待っていた車に当然のように寄り掛かって煙草を吸う金髪の部下。
「あんたを送っていく任務を授かりましたんで」
「お前の退勤時間は疾に過ぎたはずだが?」
「そんな冷たいこと言わんでも。せっかくあんたの為に待ってたってのに」
「何が私の為だと?」
「じゃ、あんた、そんな荷物持って下士官の運転する車に乗るつもりだったんスか? それこそ明日には、いい噂話のタネにされちまいますよ?」
脇に抱えた大きな黒い塊を指さされて、思わず言葉に詰まったのを見て、可笑しそうなカオで笑う奴。
「あんた、結構ソレ気にいってんでしょ」
「どういう意味だ」
「いや、だって、そのまま抱えてっから。何かで包んでたら、目立たないってのに」
「……」
「あれ? もしかして気付いてなかったスか?」
「う、煩いっ! 幼いレディからの折角の贈り物なんだ。大切に扱って何が悪い!」
「悪くはないッスよ。中佐の娘さん、なかなかいいセンスしてますよね。それ、アンタに似てるから選んだんでしょ」
「何処がだっ!」
「いや、もう、何処もかしこも。真っ黒で艶やかでなんかエラそうに寝てるあたり、そっくりっス」
「…もう一度、燃やされたいか?」
「うわ。勘弁して下さい。さっきのアレ、まだ痛いんスから」
昼間、コイツの手にしていた書類を軽く燃やしてやったことを思い出したらしいハボックが、慌てて首を振る。
「可愛い部下をもっと労って下さいよ。危うく大火傷するところだったでしょうが」
「あれくらいで火傷しているような軟弱な部下など必要ない」
「あんたねえ」
「おい。仕方がないから運転させてやる。さっさと出発しろ」
「…ま、いいっスけどねぇ」
頭を掻きながら、ドアを開ける奴の膝を蹴りつけてやってから、黒い塊と一緒に車に乗り込んだ。


(一体何処が似てるんだ、ったく)
どうやら痛みを堪えているらしいハボックが黙って発進させた車の後部座席で、改めて、黒い塊を見つめる。真っ黒い毛皮に真っ青なリボン。よくよく見れば、どうやら軍服の生地と同じらしいそのリボンは、きっと自慢の細君に作らせたものなのだろう。細い体を撓やかに巡らせて丸くなって眠る様は、見ている方が眠気を誘われるような気持ちのよさそうなもので。
(似て……るのか?)
つい、まじまじと見つめていると、運転席で、肩を震わせる奴に気付いて。
どうにかして、こいつを反省させる手立てはないものだろうか。
「ハボック」
「なんスか?」
「これは私に似ているか?」
「いや。似てないっすよ」
思わぬ返事に眉を顰める。
「似てるって言ってただろう?」
「似てるって言ったら、あんた、また、それならコイツと寝ればいい、とか言うんでしょ? そのテには乗りません」
…何故、判ったんだ。
「あんた、単純ですから」
「人が口にしてないコトまで読むな」
「部下に簡単に読まれるようなコト考えてんのはあんたです」
何か言い返そうとしたとき、さり気なく続けられる言葉。
「まあ、似てる似てないはおいといて。ソレ、よくできてますよ。中佐のお嬢さんにきちんと御礼言っとかなくちゃいけないっすよ」
「エリシアが私の為に用意してくれているものは、ちゃんと向こうにあるさ。これを送りつけてきたのはヒューズの嫌がらせだ」
家ではなく、司令部宛に送られてきたのを見ても、ただ人を揶揄いたかっただけなのだということくらいすぐ判るはずなのだが。僅かな間が空いた後、運転席で前を向いたまま、ハボックがぼそりと呟いた。
「嫌がらせ、じゃなくて、お気に入りなんじゃないスかね」
「どういう意味だ?」
「いや、だって、あれだけ可愛がってる娘さんが選んだあんたにソックリな猫っスよ? あんまり可愛くて気に入ったから、あんたのとこにも送ってきたんでしょ。なんだかんだ言ってもあんたも気に入るだろうって践んだんだろうし、実際あんたは気に入ってるし」
「…ハボック?」
「ソレが司令部に届いたことで、今日一日、あんたとソレの話題あちこちで聴かされたんスけどね。もうすっかり中央公認のあんたの同衾者ってことになってました」
「同衾って、お前な…」
何が言いたいのかと問い掛けようとして、ふと気付く。
これは、もしかして。
「ハボック? お前、コレに妬いているのか?」
「悪いっスか?」
憮然とした口調。 …本気なのか? 思わず手にした黒い毛皮と目の前の金髪を見比べて。
「馬鹿か、お前は」
「放っておいて下さい。恋敵から贈られたものを抱いて眠る恋人を想像して落ち着かないのは若い男として当然の心理でしょう」
「……なんだか突っ込みどころが満載な台詞だったんだが」
黙って運転に専念することにしたらしいハボックの背中を見て、小さく漏らした溜息と共に、笑みが洩れた。
もしかしたら、ヒューズが揶揄いたかったのは、自分ではなく、この馬鹿犬だったのかもしれない。だとしたら、見事な迄にはまったということで。


「なぁ、聴いたか? この馬鹿犬はお前に妬いてるらしいぞ」
運転席に聞こえるように、黒い毛皮に声をかけてから、枕代わりに抱き締める。
「確かに抱き心地はいいな。硬くてデカい体よりはずっと気持ちがよさそうだ」
途端、少々強引に角を曲がった車に、僅かに傾いだ体をそのままクッションに寄り掛からせて目を閉じる。
「おい、運転手。ついたら起こせ」
「俺んちならすぐなんですけどね」
すっかり拗ねた奴の声。
「お前のところは嫌だ」
何もそんなハッキリ言わんでも、ぶつぶつと呟く奴の背中に向けて一言。
「お前のところはベッドが硬くて狭い。一緒に寝るには不都合だと思ったのだがな」

一瞬おいてから車がスピードをあげるのを感じて、急激に訪れた眠気のなか、どうやら確かにお気に入りになりそうな毛皮を抱えたまま、くつくつと笑って。





「…って、あれ? 一緒にってまさかソイツのことじゃないッスよね?」
不審そうな声に応えるのは、穏やかな寝息だけ。





fin.