| 野原 / 白猫 |
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【エリシア&ロイ】【+ヒューズ+ハボ】【黒猫物語】(『野原』) 『リボン』 「ローイ! パパー!」 野原の向こうから力一杯駈けてくる小さな少女。その向こうには、優しく微笑む美しい母親がゆっくりと歩を進める。柔らかくて温かい光景に、ああ、これがヒューズの大切なものたちだと思うと、心のそこからしあわせな気持ちになった。たくさんの思いを乗り越えて、親友が掴んだしあわせが、どうしようもなくうれしくて、ついつい頬が緩むのを抑えることなどできる筈もなく。 「エリシア」 はしゃぐ少女に聞こえるようにと、大きく声をあげながら手を振れば、隣で愛娘の名前を甘ったるい声で連呼していたヒューズが驚いたようにこちらを向いた。 「何だ、ヒューズ」 「いや、お前がそんな風に声を張り上げるのは珍しいなと思ってよ、っつーか、何でエリシアちゃんが先に呼ぶのがお前の名前なんだ?」 「ああ、それは当然だろう? エリシア嬢も既に素敵な男性にときめく立派なレディだということだ」 「んだとぉ、おい、ロイっ! お前まさかエリシアちゃんに何かよからぬ事を考えてるんじゃねえだろうな!」 「よからぬ事とは何のことかな、ヒューズ?」 「ロイっ! 言っておくがな、いくらお前にでも、エリシアちゃんは絶対にやらんぞっ!」 「それはエリシア嬢が決めることであって、お前が口を出すことではないだろう?」 「ロイっ!」 「ヒューズ。エリシア嬢が見ているぞ」 今にも掴み掛かってこようかという勢いのヒューズの背後に向かってにっこりと微笑めば、慌てて振り向いた奴の目の前で、小さな愛娘が両腰に手をあてたまま、じっと父親をにらむ。 「エ、エリシアちゃーん?」 「パパ。ロイをいじめてる」 「エリシアちゃん! それはおおきな間違いでちゅよー。苛められてたのはパパの方で…」 慌ててしゃがみ込むヒューズの前で、幼い少女が小さな頬をほんの少し膨らませて。 「きょうはロイといっしょにピクニックなのに」 「いや、だから、ほら、ちゃんとお弁当持ってきたでしょー。今日のお弁当は何なのかなあー。エリシアちゃんのつくったお弁当、パパはとーっても楽しみなんだけどなあ」 「サンドイッチ! ロイにあげるの!」 「エリシアちゃーーーん……」 涙声になったヒューズに、堪え切れずに笑ってから、エリシアに向かって手を広げる。 「エリシア。こんにちは」 「ローイっ!」 途端に、ぱあっと顔を輝かせた少女がまっすぐに駈けてきて、少し屈んだ腕のなかに飛び込むのを抱き上げて。 「ローイ! いらっしゃい! すっごくまってたの!」 「ありがとう、エリシア」 そのままさくらんぼのような唇が頬に押し付けられる。 「エ、エリシアちゃんっ!!」 隣で上がった悲壮な声を無視して、柔らかい頬にお返しのキスをすれば、きゃっきゃと笑うエリシアを引ったくるかのように取りかえしたヒューズに睨み付けられる。 「ロイ! エリシアちゃんはやらんと言っただろうっ!」 「エリシア、私のことはキライかな?」 「だーいすきっ!」 「エリシアちゃーん、こんな奴の毒牙にかかっちゃおしまいだぞっ! まだ間に合うっ! 悪いことは言わないからこんな誑しだけは止めておけっ!」 「たらしってなーに?」 「たらしってのは…たら…」 言葉に詰まったヒューズに、エリシアの明るい笑顔が向けられて。 「いーの、だって、エリシア、ロイのことだいすきだもん」 「エリシアちゃん!」 「パパだってロイのことだいすきでしょ?」 「なっ、それはっ…」 「ロイとピクニックって、パパもすっごくたのしみにしてるのよってママがいってたもん。ロイのすきなものいっぱいおべんとうにしようってパパとママとおはなしいっぱいしてたのエリシアしってるよ」 「エ、エリシアちゃん、それは…」 「あなたの負けね」 くすくすと笑いながら近付いてきたグレイシアの綺麗な微笑み。 「いらっしゃい、ロイ」 「やあ、グレイシア。今日はお招き頂いてどうもありがとう。美人ふたりと一緒のピクニックをずっと楽しみにしていたよ」 「まあ、ロイったら」 軽く頬にキスをする直前に、今度はしっかりとヒューズに奪われる。 「ロイっ! お前、いい加減にっ!」 「パパ!」 「エリシアちゃん?」 「ロイをいじめたらダメでしょ」 そして、ヒューズの腕の中から、ぴょんっと飛び降りたエリシアが足元に駆け寄ってくる。 「ね、ローイ。おはながいっぱいさいているの。くびかざり、ロイはつくれる?」 「うーん。多分難しいと思うな。エリシア、教えてくれるかい?」 「うんっ! こっちよ、きて」 そのまま小さな手に引っ張られて。半泣きの状態で固まる親友を置いたまま、小さなレディと一緒に野原を駈けた。 「ねえ、ローイ」 「なんだい、エリシア」 小さな花がたくさん咲き乱れる野原にそのまま座り込んで、小さな手が一生懸命に花を摘むのを見つめる。生命の証のような柔らかな温かい手。ヒューズでなくとも、この手の為になら、どんなこともしようと思える小さな子どもの手が、案外器用に摘んだ花を繋げていく。 「ロイのおうちのねこさんげんき?」 「ああ。元気だよ。エリシアの猫さんも元気かな?」 「うん。ママがきのうピンクのリボンもつくってくれたの。ねこさん、いっぱいリボンもってるのよ」 「エリシアの猫さんはお洒落さんなんだね」 「うん!」 嬉しそうに笑った少女が、首から掛けていた小さなポシェットを探る。 「あのね、これ、ロイにプレゼントなの」 そして小さな手が出してきたのは、きれいな蒼いリボン。 「ありがとう。とってもきれいだね。これは猫さんのリボンかな?」 「ううん、ちがうの」 思い掛けない返事に驚いて小さな顔を見つめれば。 「ロイのねこさん、おともだちがいるでしょ?」 「え?」 「ロイがエリシアのおうちにきてるときにいっしょにおるすばんするんでしょ」 そして咄嗟に言葉を返せずにいた私の耳許でこっそりと一言。 「きんいろのいぬさん」 「あ…。」 「ね。」 得意げに微笑む少女をみつめる自分の顔は、きっとひどく間抜けなことだろう。 この少女に、金色の犬の話をしたのは一体いつのことだったか。毎日新しい発見がいっぱい詰まっているだろう少女の世界のなかに、たったいちどだけ話した金色の犬の話がしっかりと残っていることに感慨を覚えて。 「覚えていてくれたんだね」 「うん」 得意そうな笑顔が弾ける。 「おやくそくしたでしょ。エリシアね、だれにもいってないよ。ママがロイにプレゼントどうするのってきいたからリボンにするっていったの。これね、ロイのおうちのねこさんとおそろいなの。ロイのいぬさん、よろこんでくれるかなあ」 「エリシア…」 きらきらと瞳を輝かせた少女から、愛情としあわせと喜びが溢れてくる。欲望の絡まない愛情を向けられることに慣れていなかった自分に、こうしてまっすぐに向けられる心からの好意。決して慣れてはいないそれは、けれど初めてのことではなかった。そう、この同じ思いを向けられたことは確かにあって。 「ローイ? うれしくないの?」 思わず言葉を失っていた自分に、心配そうに首を傾げたエリシアが顔を覗き込んでくるのをみて、慌てて首を振る。 「エリシア。嬉しいよ、ありがとう。あんまり嬉しすぎて何て言えばいいのかわからなかったんだ」 「よかったー。ロイがうれしいとエリシアもうれしい!」 お前が嬉しいと俺も嬉しいんだよ。 不意に浮かんだ言葉に目を瞠った。もう10年も前から、同じことを言い続けている親友の顔が浮かんだ。本当の痛みなど何も知らなかった学生の頃から、たくさんの痛みを抱えて壊れてしまいそうだったあの頃も、忙しいなりに落ち着いた生活を送ることが出来るようになった今も。そしてきっとこれからも、ずっと変わる事なく。 お前の笑顔が見たいんだ。 そんな言葉を本当にうれしそうな顔で囁く親友が隣にいて。そして今、この幼い少女が同じ言葉を同じ表情で囁く。彼等から与えられる愛情に返せるものなど私は何一つ持っていないというのに。 「ローイ?」 「ありがとう、エリシア」 ありがとう、ヒューズ。 口には出来ない言葉を胸の内で呟いて、小さなレディを抱き締める。 ありがとう。それだけを心の中で何度も何度も唱えながら。 いい加減に放せ、と血相を変えた親友が駆けてくるまで、そのままずっと金色の髪を撫で続けていた。 「で、コレ、一体なんなんですか?」 「土産だ」 「いや。それは聞いたんスけど」 中央から戻ってきた駅まで迎えにきていた『金色の犬』と一緒に家に戻って。シャワーも食事も済ませたところで、徐に取り出した蒼いリボンを手渡せば、眉を寄せて見つめたハボックの不審そうな声。 「なんだ、気にいらないのか?」 「つーか。これって、アイツとお揃いっスよね?」 「ほお。よく判ったな」 「そりゃまあ、此処にくるたびに見てますから」 「仲良くなったものだな」 「いや、それちょっと違いますって」 呆れたような顔をしたハボックが、両手でリボンを広げる。 「これ、アイツのなんでしょ?」 「いや。お前のだ。金色の犬に渡すようにとエリシア嬢に頼まれた」 「……あんた、向こうで、一体どんな話してんですか」 呆れ顔で溜息をついたハボックの手許で蒼いリボンが揺れた。 「いいからつけてみろ。きっと似合うぞ」 「俺より絶対あんたの方が似合うって」 「何か言ったか」 「いえ、別に」 「貸してみろ。つけてやるから」 「あー、どうせなら、なんかプレイとかしてみませ…痛ッ」 思いきり殴ってやった頭を、その場に蹲って抱えるバカを見下ろして。 「せっかくのレディからの贈り物に何ということを言うんだ、お前は。それとも、縛られるのが好きなのか?」 「いや、どっちかというとあんたを縛る方がいいかなあとか…痛えっ!」 とりあえず、懲りないバカを蹴り飛ばしておいて、寝室に向かえば、ベッドには当たり前のように居座る真っ黒い塊。 親友と、その家族から向けられる愛情も、すぐそこで呻いているバカから向けられる愛情も、どうしようもなく擽ったいけれど。 「たいさー」 「煩い。そこで『待て』」 「って、いくらなんでもそれはあんまりっスよー。ねえ、たいさー、もうバカなこと言いませんから、呼んで下さいよー」 嘆きながらも、しっかり『待て』を守っているらしい奴に内心噴き出しながら。 「リボン、つけるか?」 「あーーーーー」 「つけるなら呼んでやる」 「つけます!」 「来い」 「はいっ」 わんっ!っとばかりに即答して、急いで寄って来た大きな犬の首にきれいなリボンを巻きつけると、居心地悪そうに固まっていたハボックが、不意にくしゃりと頬を緩ませた。 「何を笑ってるんだ? 気持ち悪いな」 「ひでぇ。いや、なんつーか、あんたがすごくうれしそうなカオしてるなあって思ったらつい」 「どういう意味だ?」 「俺、あんたが嬉しそうな顔してんのをみるとすごく嬉しくなるんスよ」 「…え?」 「揶揄われてるだけだってのはわかってるんスけどね。でもやっぱり笑ってるあんたがすごく好きなんで。ずっとそういうカオで笑っててくれたらいいなあ、とか」 嬉しそうに笑っているのはお前の方だろう、と言いたくなるくらいの笑顔でそんなことを言うから。 「ハボック…?」 「あ、また、しょうもないこと言ってとか思ってんでしょ。あんたどうせ人の告白真剣にきいてくれるような人じゃないし…、って大佐? どうかしたんスか? 顔、朱いっスよ?」 「う、煩いっ!」 「もしかして照れて…、って、ちょっ…、首、絞まっ…!」 思わず力任せに引っ張ってしまったリボンを慌てて放せば、ごほごほと咳き込んだハボックの恨めし気な視線を向けられて。 「…あんたね。告白してる相手の首絞めてどうするんスか。つか、あんた、ほんとに俺の扱いひどすぎ……」 なんだかもう、どうしようもない気分のまま笑い出せば、すっかり拗ねた犬が大きな背中を向ける。 (ロイがうれしいとエリシアもうれしい) (お前が嬉しいと俺も嬉しいんだよ) (あんたが嬉しそうな顔してんのをみるとすごく嬉しくなるんスよ) まったくなんだってほんとに揃いも揃って同じことを当たり前のように。 「ハボック」 「……」 「おい、ハボック」 「……」 「こら、飼い主が呼んでるんだ。無視するな」 「あんたね!」 呆れたような怒ったような口調で振り向いたハボックに、掠める接吻けを落としてから。唇を抑えて固まる奴を残してベッドに潜り込んで。 「ちょ、大佐っ! 今のは?」 「留守番してた御褒美だ。もう寝るぞ」 「大佐、続きっ!」 「そんなモノあるか」 「たいさーっ」 隣に潜り込んできた奴が戯れついてくるのを笑って許しながら。 同じ想いを持つことの喜びを噛み締める。 大切な大切なひとたちの笑顔をみていたい。 ずっとずっと、いつまでも永遠にずっと。 fin. |