2003.12-2004.01 年末年始「本のタイトルお題」集 / くろいぬ
【傾向雑多詰め込みに付きご注意下さい】




【ヒューロイ】
『緋色の研究』


 一体何だってこんな男に執着する羽目に陥ったのか。
 火蜥蜴の紋様を組み込んだ錬成陣が描かれた手袋の男を、傍に眺めながら思った。
 第一印象が強過ぎたのに違いない。
 顔を合わせた最初のことなど、碌に覚えちゃいないけど。
 こいつの生み出した焔を間近に眺めた、その記憶が鮮烈で。
 明々と燃え上がり見る者を圧倒する光輝と熱風の固まりを、ひとり立ち上がり操っていた。
 焔の輝きはあまりに眩しく、その前に立つ黒い影は、ひどく孤独に見えたのだ。
 業火の勢いに負けそうになりながら俺は、奴の傍まで這い寄った。
 その時見上げた焔の錬金術師の横顔を、多分一生忘れない。
 面には表情を表さずに術を操りながら、奴の瞳は自分の錬成した焔だけを見ていた。
 焔に吸い込まれる歓喜を予感している瞳だった。

 その焔だけを見ていてはいけない。
 いつかおまえは、美しく燃える焔に飛び込み焼かれる誘惑に耐えられなくなる。

 それは明確な予感であったし、同時に心の奥底に強い欲望を沸き上がらせた。
 違う焔でこいつを燃やし尽くしてしまいたい。
 自分だけを望む瞳に、無理矢理他のものを見せ付けたい。
 高温に眩い焔以外の、けぶり続ける冥い炎もあるのだと。

 なあ、瞬間に燃え尽くされるのと、炙られじりじりと灼かれるのとは、どちらが苦しく甘いのだと思う?

「そろそろ時間だ」
 ロイが立ち上がった。
 東の涯の戦場で、こいつは今日も焔を生み出す。
「無線の連絡を聞き逃すなよ? 武器弾薬を積んだトラックの移動は、こっちが逐一把握すっから。合図を聞き逃すなよ」
「おまえの声は図々しいくらいによく通る。聞きたくなくても耳に入るだろうよ」
 薄暗い仮眠用のテントの、小さな出入り口の帳を捲り上げようとするから。
「ロイ」
 引き留めて、片腕をすくい上げて手の甲のに接吻ける。
 手袋の上の火蜥蜴の紋様が、茫と火の色に滲んだ気がした。
「行って来い」
 手の甲に接吻けたまま目線を上げれば、憎たらしい程の余裕の笑み。


 どうせ巻かれるならば俺の炎で燃え尽きてくれ。




fin.



【ヒューロイ】
『贋食物誌』


 東部に移動になったロイに会いに行くようになって、俺達の仲で変化したことがある。
 食事を外でするようになった。
 士官学校にいたころは寮の食堂でことたりていたが、軍の官舎に入ってからは、たまには互いの部屋のキッチンで軽食などを作ることもあったのだが。
「面倒臭い。時間の無駄」
 そう言われると、食材の買い出しや調理にかける時間、皿を洗って片付ける時間が確かに勿体ないような気もして来る。
 その間に、不機嫌そうな顔を眺めてからかったり、ムキになった顔を笑ったり、そのまま掴まえて抱き締めたり喉をくすぐったりカラダを落とし込んだり、イロンナコトをしようと思えば出来るから。
 外食の欠点はと言えば、例えば美味い生牡蠣を食わせる店で、むき身の牡蛎に檸檬を絞った指先を舐めてみたり、汁気と肉厚な身とを頬張ったりする様子を目の前に見ていても、その場で卑わいな冗談のひとつも言えないことか。
「どうした? 口に合わないか?」
「いや、美味い。ワインもよく冷えてるな」
「この店はワインセラーが充実しているとかで、最近人気が高いんだそうだ」
 生ピアノの入った薄暗い店内で、キャンドルの揺れる灯りに照らされたロイは、ほんの少し自慢げに言った。
 温かな部屋で、よく身の締まった生牡蠣をすすり込み、冷えた辛口の白を喉に通す。
 口の悪い者同志だから、周囲で交わされる雑談の声に紛れて酷く辛辣な言葉で上官をコキオロスなども、付け合わせの一部と言ったところだ。
「この店に予約を入れるのには随分と苦労をしたんだがな。……ちゃんと味わえ」
「味わってるって。長い付き合いの親友と語らいながらの美味を堪能してるって」
 そうだ、この贅沢な時間を楽しんでいるさ。
 釈明するのも間に合わず、ロイは皿の上に並んだ大きな牡蛎を殻ごと指で摘んだかと思うと、ゆっくりと鼻先まで持ち上げて殻から身を口に落とし込んだ。
 大粒の牡蛎が唇に吸い込まれ、滴る檸檬と肉汁を赤い舌が見せびらかすように舐め取る。
 思わずごくりと唾を飲めば、それ見たことかという目で嘲笑って見せる。

 デザートの舌を焼くようなスフレがとろけるようだとか甘いとか酸っぱいとか、言い繕う気も無くなった。
 早く俺の飢えを満たしてくれ。



fin.



【ホークアイ】
『チョコレート戦争』


「どうしたの? お母さんとはぐれたの?」
 前哨への伝令の最中に発見した子供は幼く、瓦礫の隙間に隠れて大きな瞳を見開き怯え震えるばかりだった。
「お腹が空いているの?」
 たまたまポケットに入れていたチョコレートを差し出したけれど、子供は手足を縮めるばかりで受け取ろうともしない。
 チョコレートを子供の手の届くところへ置き、私はジープに戻った。
 ジープを運転する兵士が、前を向いたまま言った。
「いいんすか? イシュヴァール人は男女年齢の区別無く、発見次第射殺せよとの命令が出てるでしょう」
「そうね。報告しますか?」
 兵士は顔を顰めて遠くへ唾を吐いた。
「俺にゃガキがいるんすよ。丁度あんくらいのが」

「やってらんねえ」
 呟く声を置き去りにして、ジープはまた走り出した。



fin.




【ブラッドレイ】
『黒蜥蜴』


 焔の錬金術師の姿が見えなかった。
 聞けば兵士間の乱闘に巻き込まれ、今は医療班のテントで負傷の手当てを受けているという。
 随行員を振り切りそこへ向かってみれば、無人のテントで自分の脇腹に湿布を当てようとする彼の姿。
「巻き込まれたと聞いていたが、君が騒ぎの中心だったのではないかね?」
 傍らに投げ捨てられた切り裂かれたシャツにちらと視線を投げながら問えば、肩を竦める。
 薄暗いテントの中でも、雑に拭っただけの鼻血の汚れや殴られ切れた唇の端の腫れが判る。
 ご丁寧に手首には戒められた縄目の痕。
「随分とよい趣味な奴らだったようだな」
 白い胸にはうっすらとナイフの傷が、綺麗な十文字を描いている。
 その赤い線を指で強くなぞると、錬金術師は痛みに頬をひくりと動かした。
「大総統閣下、新しく芸を覚えました」
「ほう?」
 彼が錬成陣を胸に滲んだ血で描くと、そこから小さな炎が現れた。
 オレンジ色に揺らめく炎は、華奢な蜥蜴の形をとった。
 炎の蜥蜴は彼の肌の上を滑るように移動し、細い舌を延ばす。
「!?」
 炎の舌に舐められて、私は思わず腕を引いた。
「本日の所はこれでご勘弁を、閣下」
 立ち上がり、深々と礼をする焔の錬金術師の肩から腕の先へ移動する蜥蜴が、肌に絡み付くような残像を残して指先で宙に消えた。
 消え際に蜥蜴が、にやりと笑ったような気がした。


fin.



【アームストロング…?】
『吾輩ハ猫デアル』


 我が輩は猫である。名前はまだ無い。

 ……名は無い筈だが、皆が呼ぶ。
『ニャジラだ! ニャジラがいるぞ!』
 そのくらいならばまだしも、
『狸じゃないのか……?』
 とは何事か。

 我が輩はいたく傷付いている。

 
アル「ネコ耳も人を選ぶのかなあ?」
エド「おまえも象耳だけはやめとけ」



fin.


【はぼろい……?】
『黒猫の三角』


 ある日ハボさんは、お散歩に出掛けて黒猫と出会いました。
 ほっそりした躯付きと華奢な顔の、大きな三角形の耳を持った男の子の仔猫です。
「に゛ゃっ」
 黒猫はハボさんに向かってひと声鳴きました。
 ほんの短いひと声でしたのに、ハボさんは猫の言葉が判ったように思えました。
『お腹がすいたのにゃー。ぺこぺこで悲しい気持ちなのにゃー。誰かおいしいご飯とやわらかいお布団をくれるヒトはいないのかにゃあーん』
 ……せいぜいが「飯と布団を寄越せ」ぐらいのものだろうと思うのですが、その時のハボさんには、黒猫の瞳がいっしょけんめいに訴えているように感じられたのです。
「腹減ってんのか?」
 ハボさんは黒猫の前にしゃがみ込んで訊ねましたが、猫は一歩下がってそっぽを向いてしまいました。
「あっ、あっ、じゃあ、ちょっとここで待ってて! すぐ戻るから! ホントにすぐ戻るから!」
 ハボさんは猫から目を離さずに、後ろ向きに歩いておうちへ戻りました。
「牛乳、牛乳……ンなもんありゃしねえよな。メザシしもないし、ジャコもねえ。あっ、サラミ! チーズもあった!!」
 ハボさんは小さな冷蔵庫の中から自分用のおつまみを取り出し、また走ってお外へ向かいました。
 さっきの仔猫は……、さいわいなことにまだ元の場所にじっとしていました。
 仔猫は目をつむってお昼寝をしているようでした。
「ご飯だぞー。ほら、食べ物ですよー」
 仔猫はちらと片目を開けて、ハボさんと、そしてサラミとチーズを見ました。
「にゃー」
 猫はゆっくり起き上がり、更にゆっくりご飯に近付き、食べはじめました。
 細い黒猫の、こうべを下げてご飯を食べる様子を、ハボさんはにこにこと眺めました。
 いけません。
 猫好きな人はうっかりやってしまいますが、自分のやったご飯を野良猫が食べる様子を眺める猫好き人種の顔と言ったら、「でれっ」とか「にへらっ」とか「うへへえっ」とか、ともかくその手の顔付きになっているのです。
 ハボさんも例外ではなく、小さな黒猫の前にしゃがみ込んで微笑んでいましたら、親切な通りすがりの人は目を逸らしてくれました。
 ご飯を食べながら猫が目線をハボさんにやると、ハボさんはびくりと躯をゆらしました。
 ……『アアン!』と身を捩ったようでした。

 ハボさんは黒猫にご飯をやりながら、この仔猫はずっとお外にいるのかしらと思いました。
 冬の夜は、寒くて長いのです。
 凍てた空は星の光をまっすぐ仔猫に届けるでしょう。
 でも、星空と仔猫の間では、渡る電線が風に笛の音にも似た淋しげな音を立てるのです。
 そんなきれいで淋しいところにちいさな仔猫が、ぽつんと過ごすのだろうかと思うと、ハボさんは少し悲しい気持ちになりました。

「うち来るか?」
 ハボさんが猫を見つめながら訊ねると、猫は値踏みをするように眺め返しました。
 ハボさんは掌にサラミのカケラを載せてまた聞きました。
「うちに来ますか?」
 仔猫はサラミをぱくりと口にくわえ、またハボさんを見ました。
 今度はハボさんは、手首から肘の内側まで、小さく千切ったサラミを点々と載せました。
「是非うちに来てください」
 仔猫はひと声「にゃー」と鳴いてから、ハボさんの腕の上のサラミを食べはじめました。
 ひとくち、ひとくち。
 食べ進むごとに、一歩一歩ハボさんの腕に登って行きます。
「にゃっ」
 ハボさんは最後には仔猫を腕に抱き上げました。
 それは大事に大事に、抱き締めました。
「うちに帰りますよ。そうだ、名前を付けなきゃな。真っ黒いから『くろい』の『ロイ』!」
 小さな小さな幸せを腕に抱き締めたハボさんと黒猫のロイとの生活の、始まりの日のことでした。



「……痛ッー!? な、何引っ掻いてんスか!?」
「ぎに゛ゃにゃに゛ゃっ! にゃっ!」
 注訳:『何をする!? 私をどこへ連れて行く気だ!? 飯がないなら、私は帰らせて貰う! あっ、このっ! 撫でるな、気持ちがいいじゃないか! ……あンッ!」




fin. …… or tuduku ?






【ヒューロイ】
『陰翳礼賛』



「おまえ、なんで燃やすんだ?」
「派手だから」

 『焔の錬金術師』のふたつ名を持つ私に、why ? をストレートに訊ねるバカは、実は決して少なくはない。
 却ってhow ? と訊ねることの方が企業秘密の禁忌に触れると思われるらしく、正面切って問われることはないがまあ、それはある程度の情報を意図的に公開しているからかもしれない。
「酸素濃度の調整が出来んだろ? それならわざわざ燃やして焼死体作るより、酸欠の方が後片付けがラクなんじゃないのか?」
 消灯時間を過ぎた寮の部屋で、指先に小さな炎を灯した。
 ぼそぼそと、囁くような声に炎は揺らぎ、それを眺める私の顔にも、ヒューズの顔にも微妙な影が映り込む。
「『死体が必要な時』には、酸欠状態を作ることもあるさ。だが自分達が後片付けをしなきゃならない時には、跡形もなく燃やし尽くしてしまった方がラクなんだ」
 仲間の遺体を見せ付け、その後片付けをさせることを目的とする時には。
 消耗戦とあらば、そんなえげつないことも作戦のうちだ。
「だが建物ごと中身の人間も全て灰にしてしまった時には、何人燃したか確認出来ないじゃないかと上から叱責された」
「あー……。『誰を』消したか、『何人』消したか。報告にも宣伝にも情報は必要なワケだな」
「現場からは感謝されたがな。炭化してようがなんだろうが、焼け跡をほじくり返して死体を探すなんてことは、楽しい作業ではないから」
 炎の灯る指先を、ゆら、ゆら、と左右に動かした。
 暗がりに浮かぶ私達の顔に映る影も、右から左へ、伸びたり縮んだりしながら移動する。
 壁や天井に映る影もそれに伴い移ろいだ。
 天井の一番角の部分なぞ、元から光は届いてはいなかったが。
 隅の暗がりに、私達の影が吸い込まれる。
「命令とあらば、レアでもウェルダンでもご注文の通りに焼くさ」
 指先の炎を顎近くに近付けると、ヒューズは嫌そうな顔をした。
「判った。その影の付け方はやめろ。好奇心で聞きほじって悪かったな」
「気にすることはない。ところで酸欠以外にも方法があってな。対象の周囲を真空にするんだ。そうすると沸点が下がるから、体内の水分が全て一瞬のうちにフットウして……」
 炎を揺らして影を長く伸ばしながら言うと、ヒューズは
『ごめんなさい。わたしが悪うございました』
と、首を竦めてベッドに飛び込み、頭まで毛布を被ってしまった。


 なあ、ホントウに判ったのか?
 怖いだろう? 気持ち悪いだろう?
 だから戦場でもし私を見かけたら、どうか目を逸らしてくれ。
 私のすることを、どうか見ないでくれ。



fin.



【ハボロイ】
『ひざまづいて足をお舐め』


「……ハボック、いい加減に、終、わ……、っ、ア・ア……!」

 焦らして焦らして、くたくたのぼろぼろになるまで翻弄させて疲れさせて、許しを乞う言葉も舌の上で乾き、非難の目を向ける気力枯れて従順に目蓋を伏せた頃。
 幾ら弱いところを突いたり撫でたりして煽ろうとしてももう、頑としてシーツに懐くばかりで、この人のなけなしのサービス精神のあえかな溜息すら洩らしてくれなくなった頃。
 暗がりに広がるシーツの漣に溺れそうな、青白い背中に唇を落とした。
 薄く汗ばむ脊椎を辿り、黒髪から覗く項へ。
 髪の香りを吸い込みながら、脆れ物にするみたいに丁寧に唇を触れさせると、横顔の唇が忌々しげなカーヴを描いた。

「仮にも毎日顔を合わせる上官に対して、おまえの趣向は悪過ぎる」
 寝物語に職務上の地位を持ち出す人と、大差はないだろうと思う。
 ベッドから脚を下ろして煙草を咥え、俺の背中に毒づく人を振り返る。
「完全降服するまでやるか、上官に?」
 別にあんたが上司だからするって訳じゃないし。
「白旗あげた途端に優しい振りしやがって」
 おや、お口の悪いことで。
 つい笑い出しそうになるのを堪えるが、途端に大佐の眉間に皺が寄る。
「サディストの気でもあるんじゃないのか?」


 それはない。
 何もかもを預けてくれるのを願って願って、
 ほんの少しの仮面も付けて欲しくなくて、
 ロイ・マスタングの名前も、じゃらりと重たい勲章も、厳つい焔のふたつ名も、
 何もかも忘れ去るまで抱き締めたいと望んでるけど。
 触れ合うたった今、自分を抱いてる相手のこと以外を考えられないくらい、
 頭の中を真っ白に漂白させてしまいたいと思ってるけど。

 内心、
 キスひとつにも緊張してんのに?
 差し込む舌に、舌を絡め返してくるだけで有頂天で、
 シャツを肌蹴させる度にどきどきしたり、
 ベッドで押し潰してしまわないかと怖くなったり、
 イれたりダしたりあんたの反応ひとつに命削る想いなのに?

 寧ろ、かしずくくらいの気持ちでいんだけど?


 気の利いた返事も思い浮かばず、シーツの奥から足首を探して、手の甲の替わりに接吻けた爪先が、反り返った。
 思わず笑いを浮かべれば、女王様からご褒美の踵落とし。




fin.