ナイショ / くろいぬ
【ハボロイ】


『ナイショだよ』





 深夜の司令室に残業中のロイとハボックがふたりきり。
「お茶入りましたよ」
「ん」
 デスクまでカップを運ぼうとしたハボックを、ロイは手を挙げて制した。
 クッションの利いた椅子から立ち上がり、両腕を上げてぐんと背筋を伸ばす。
「飽きて来た」
「溜めなきゃいいんじゃないスか」
 ロイのデスクの上に山を築く書類にふたり同時に目を遣った。
「他人のことを言えるのか」
 ロイはとぼけて天井を見上げるハボックに近付き、カップを受け取り湯気に鼻先を突っ込む。

 深夜の司令部は静かだった。
 緊急車輌の出動もなく、どこか遠くから犬の遠吠えが微かに聞こえて来る。
 とても平和な夜だった。

「大佐、大佐」
 ハボックが急に嬉しげな顔をロイに向けた。
「座っていいっスか?」
 窓を背にしたロイの椅子を指さし言う。
「構わんが?」
「大佐の椅子ってことは、司令官の椅子! 流石座り心地が全然違う!」
「責任の重さも違うぞ」
 ハボックは椅子に深く背を預け、くるりくるりと座面の向きを変えている。
 実際、尉官達の椅子とは広さもクッションも革質も違うのだ。
 ハボックが椅子にふんぞり返る様子を呆れたように眺めながら、ロイは手近なホークアイ中尉のデスクの椅子を引いた。
「大佐も俺の椅子に座ればいいじゃないですか」
「ヤロウの尻の載っていた椅子に腰掛けて、何が楽しいと言うんだ」
「ひでえなあ」
 憤慨した振りをするハボックに、ロイは鼻で笑って見せた。

 静かな夜にたったふたり。
 紅茶の熱も冷め、時折椅子の軋む音だけが司令部内に微かに響く。

「大佐」
 ロイが声の方を振り向けば、ハボックが真面目な顔で手招きをする。
 何事かと思い近付けば。
「!?」
 ぐいと腕を引かれる。
「ね?」
「ね、じゃない! 何をする!」
 ハボックの膝の上に抱き込まれる形になったロイが抵抗すると、「しーっ」と小声で窘められた。
「夜なんだから静かにしましょうや」
 それ以上の何をするでもない、屈託の無い笑みを向けられ、ロイは脱力した。
 大人しく躯を預ければ、背中や胴に回る腕から体温が染み込む。
「ね、ちょっとイイっしょ?」
「クッションにしては少々硬いぞ」
「我が儘言わないの」
 くつくつとこみ上げるような笑いの振動が密着する背中から直接直接伝わり、ロイは盛大にため息をついてから、両脚を振り上げデスクに載せた。
「あーあ」
「私のデスクだ」
 ロイは精一杯に威厳を保ちながら、硬いクッションに肘鉄をひとつお見舞いした。
 クッションはそれでも嬉しそうに笑い続け、膝に載せた人を大事に抱える腕を益々強めて、倣って脚をデスクに載せた。

 静かで平和で温かな夜の、ほんの少しお行儀の悪い出来事。





fin.