ナイショ / 白猫
【ハボロイ】聖ヴァレンタインデーに。




『ナイショ』




『ロイ! お前、エリシアに何をしたっ!』
朝いちばん。受話器の向こうから聴こえて来た怒鳴り声に、思わずそのまま取り落としかけたそれを見つめながら、眉を顰める。
「なんのことだ?」
『なんのことだと? どの面下げてそんなことを言やがんだ! お前が親友の娘に手を出すようなヤツだとは思ってもみなかったぞ!』
こいつの娘は確かまだ3歳にも満たなかったはずなのだが。呆れた思いで顔をあげてみれば、受話器から洩れ出たヒューズの言葉を聞き取ったらしい二人の副官の酷く冷たい視線が注がれる。
「…何もしていないぞ」
「「当然です」」
見事に揃った声に、溜息をつきながら、未だ何かを喚いている親友の声に耳を傾ける。
『おい、ロイっ! 聞いてるのかっ』
「聞いている。一体私が何をしたというんだ。エリシア嬢とは、しばらく会ってもいないぞ」
『電話で口説いたんだろうっ』
「く…」
冗談じゃない。いくらなんでも射程圏外というものだ。
「何を馬鹿なことを言っている。私がエリシアを口説くわけがないだろう」
『何をっ! お前、俺の可愛いエリシアちゃんに女性としての魅力がないとでも言いやがるのかっ』
途端にヒューズが妙なところに拘るのに呆れて。
「3歳児に女性の魅力もなにもあるものか」
『上等じゃねーか。ロイ、お前、俺に喧嘩を売ったな!』
余りに理不尽な物言いに、さすがにこちらも声が大きくなる。
「売ってるのはお前の方だろう! それではなんだ、お前は、私がエリシア嬢の魅力に参って、何か手を出した方がいいとでも言うのか?」
『語るに落ちたなっ! お前、エリシアちゃんに何をしたんだっ!』
「私には幼女趣味などないっ!」
『なにいっ! 趣味じゃないだとっ? お前、エリシアちゃんのどこが気にいらねーんだっ!』
「気に入らないのはエリシア嬢ではなくお前の方だっ!」
叫ぶなり叩き付けた受話器が、勢い余って跳ね返り、電話本体と一緒に、デスクから落下していく。
ホークアイの凍り付くような視線を一身に受けながら、遠いセントラル在住の親友をいますぐに焼き殺してやるにはどうすればいいかを、ただひたすらに考え続けていた。




「で、結局朝のアレは一体なんだったんすか?」
翌日朝から中央で行われる会議に出席する為、昼過ぎになって駅に向かうと、当然の顔をしてついてきたハボックが列車を待つホームで思い出したように質問してくる。
「昼間?」
一瞬考えてから、親友との馬鹿げたやり取りを思いだして苦笑する。
「ああ。くだらん話だ」
あれからすぐに再度掛かって来た電話で、よくよく聞いてみれば。
「エリシアの絵本に何処かの国の風習が載っていたんだそうだ」
「風習?」
「そう。一年に一度だけ、この時期に、女性が好きな男性に愛を告白することができる日があるらしい」
「はあ」
「愛の言葉に甘いお菓子を添えてプレゼントするんだそうだ。元々は女性に限らず、恋人に贈り物をする日なんだそうだがね。ヒューズは、そういうくだらない風習が結構好きなのでね。毎晩、エリシアにその本を読んでやりながら、訊いていたらしい」
『エリシアちゃんだったら、誰にあげるのかなぁ?』
「そのたびに『おとうさん』と答えられて、悦に入っていたらしいんだが。昨日になって、エリシアが母親に頼んで用意してもらったお菓子が二つあることに気付いたんだとさ」
『エリシアちゃん? …こっちは誰にあげるのかなあ?』
顔を引きつらせながら、そう訊ねた親友に、愛娘は。
『もちろんロイよ』
「…そりゃ、中佐が怒り狂うワケっすね」
「まあ、仕方がないだろう。私の魅力は、エリシア嬢にも、きちんと伝わっているわけだ」
くすくすと笑ってみせると、ハボックが小さな溜息をついた。
「どうした?」
「いえ。また恋敵が増えるんすかねーって思ったもんで」
「馬鹿か、お前は」
なんとなく脱力しているらしい部下の手から荷物を受け取りながら。
「くだらないことを考えていないで、きちんと仕事をしたまえ。中尉がお前のデスクに山程書類を残していただろう」
「山程、なんていう生易しい量じゃなかったすよ?」
改札口で駅員と何か話をしていたホークアイが、きびきびとした足取りで近付いてくるのを見ながら、再度溜息をつくハボックににやりと笑いかけて。
「戻るまでにすべて片付けておけよ」
「御褒美あるんすかね?」
「さあな。お前次第じゃないか?」
「…頑張ります」
「宜しい」
「大佐。列車は定刻通り到着予定だそうです」
「御苦労、中尉。では、ハボック少尉。見送りは結構だから、もう司令部に戻りたまえ」
複雑な表情といつもの気の抜けた敬礼。そのまま踵を返したハボックを見送って、傍らのホークアイに気付かれぬように微かに笑う。



司令室を出る直前に、部下の机の書類のいちばん下にこっそりと残した小さな甘い菓子に、奴は果たして気付くことがあるのだろうか、などと思いながら。




fin.