もういちど / くろいぬ
【アニメ25話追悼】【ファルマン+ロイ】






『もういちど』





 ロイ・マスタングが東方軍司令部のドアを開いた瞬間、室内にいた者全員が席から立ち上がり敬礼をした。
「ああ、ただいま」
 些か覇気に欠けるロイの声音に、続いてドアを潜ったリザ・ホークアイ中尉の顔が曇る。
 周囲からの、物言いたげな視線の中をロイは無表情で進み、大きな窓を背にした自分のデスクについた。

「留守中変わりは無かったかね?」
「E区を根城としていた窃盗団を検挙しました。憲兵らの地道な捜査の結果です」
「ほう、それは報償モノだな」
「特に活躍のあった者の名をこちらに……」

 別段変わった様子もなく報告を受ける大佐の姿に、室内に張り詰めていた空気が緩んだ。
 ことあるごとに司令部に顔を出し、明るさ賑やかさを振りまく中央の切れ者中佐がロイ・マスタング大佐の長い付き合いの親友であることは、東方軍の中に知らぬ者はなかった。
 そのロイが、中央で催された中佐の葬式に列席したその足で東方司令部に帰還したことも、周知のことであった。
 もう、あの朗らかな笑い声がここに響くことはない。
 相手のペースをなし崩しにして引き込む強引さが、それでも嫌なものではなかったと、そう思う者達の表情には沈鬱な物が漂っていたのだが。
 誰よりも彼に親しかったロイが平静を保っていることに一同は安心し、そしてそれぞれが心に短い黙祷の時間を密かに抱き、日常の勤務に戻って行った。
 マース・ヒューズ准将よ、安らかに眠れ。
 短い祈祷を済ませて。

 手短かな報告を聞いた後、ロイは席から立ち上がり肩を竦めた。
「やれやれ、休む間もないな」
 緊急と分類された書類の束を手に取り、執務室へと向かう。
「何かあったらすぐに呼んでくれたまえ。それとお茶を一杯頼む」
 執務室の扉が、ロイの姿を隠し静かに閉まった。

 ノックの音にロイは答えた。
「どうぞ」
 紅茶のカップを携えて入室したのが、ホークアイ中尉ではなくファルマン准尉であったことに、ロイは僅かに瞠目した。
「お疲れ様でした。中央は如何でしたか?」
「ああ。誰もが悲しんでいたよ」
 ファルマンが、元は中央調査部でヒューズの下にいたことをロイはすぐに思い出した。
「よい奴ほど早く死ぬ。多くの人が彼を悼み、惜しんでいた」
「ご家族のご心労が思いやられますな」
 ファルマンの差し出すお茶に口を付け、ロイはチェアに背を預けて空を眺めた。

「大佐達が中央に発った後に、ヒューズ中佐……准将から一般回線からの電話があったことは、伝わってますか?」
 ファルマンの言葉に、ロイの手のカップの中で紅茶が揺れた。
「ホークアイ中尉から聞いている。私が不在だと聞きすぐに回線を切ったと。中央の調査部、大総統府へ報告したことも聞いている」
「はい」
 ファルマンはカップの水面を見つめるロイの姿を見下ろした。
「准将は、酷く焦っておいででした。大佐の不在を聞いた瞬間に怒り出すような声を上げて。あの饒舌で回りくどいことが大好きな人が、時候の挨拶もなく、受話器を取った相手の誰何もロクにしないままに」
 カップの中で紅茶が揺れた。
 細かな波がカップの縁から漂い続け、熱い紅茶が溢れ指を火傷する前に、ロイはカップをデスクに置いた。
「もしかしたら准将は、電話に出たのが私だと気付きもしなかったかもしれませんなあ……」
 唐突にファルマンが笑みを浮かべた。
「気付いて貰えなかったとしたら大変不本意なことではありますが、あの人の素のままの顔を今になって漸く垣間見たような気がしますよ」
「ファルマン……?」
「他人の感情についての機微に聡い人でしたよ。追い詰めることで実力出す相手には容赦なく尻をケ飛ばすような。かと思うと、平気で部下に甘えてみせる。この人の為に尽力しようと思わせる人でしたよ」
 ロイは椅子からファルマンの瞳を見上げた。
 銀髪に穏やかな表情を浮かべ、だがファルマンはきっぱりと言った。
「あの人は何かをあなたに伝えようとした。人生の最後の最後に。これまでに見たこともないような懸命さで、あなたに何かを伝えようとした。それはとても大事なことだったのだと思います。あなたにしか託せない何かだったのだと思います。あんな声は私は今まで聞いたことがない。あの声は、あなたに向けられたものだったと思う」
 茫然と見つめるロイに向かい、ファルマンは声を和らげた。
「それをあなたに伝えることが、私の最後の、ヒューズ准将から仰せつかった仕事だと思います」

 ファルマンはロイに背を向け執務室を出た。
 執務室の扉を閉める間際に背後から微かに嗚咽のようなものが聞こえたように思えたが、ドアのすぐ側に控えた女性士官に微笑みかけることで、それを忘れようとした。
 普段凛とした女性士官が、珍しく心配と不安とを面に浮かべていた。
「一体何を?」
 大事な上官をこれ以上傷つける者を許しはしないと、その瞳が語っている。
 ファルマンは苦笑した。
「預かり物をお渡ししただけですよ」



 もう一度電話がかかって来たら。
 誰にだろうが、望み通りの相手に取りつぎたい。
 存分に舌を回転させて、その足で集めた情報を、その頭の中で組立て作り上げた真実を、思うが儘に語って欲しい。 
 相手のペースを崩そうが、ど肝を抜かそうが、そんなことは気にしないでいい。
 伝えたかった想い、伝えたかった言葉を、今度こそはしっかり受け止め受け渡したい。
「電話、鳴りませんかねえ?」
 小さく呟き、ファルマンは書きかけの書類の待つ自分のデスクに戻った。





fin.