| 守りたい / くろいぬ |
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【ヒューズ】【アニメ設定】 『独り言』 三年前、父親の錬金術によって合成獣にされた少女が、何者かに殺害された。 躯を内部から破壊された遺体を発見した少年は、その時自分の無力を思い知って、泣いた。 俺達は永遠に忘れないだろう。 少年よりも更に責任のある立場だった我々の、無能ぶりを。 俺達には嘆く権利すらない。 自分の無力さを噛み締め、喪われたものをひとつひとつ数えあげ、裏に隠されたものを余さず探し続けるだけ。 少女殺害の手口が傷の男の手口と同じものだと断定されたと、少年に告げた。 十五になった少年は、死んだ少女の名を聞いた瞬間三年前のあの日と同じ目に戻り、そして猛々しく笑った。 「これで奴と闘える」 狩られる側にいた少年が、狩る側に立ったのだ。 ぎらつく眼をした奮える狩人は、傷の男を捉えるまではもう安らぐことは出来ないのだ。 少年を守ることを自分に課していた親友は、許してくれるだろうかと思う。 冷たく突き放しているようで少年を常に気にかけていた、あの不器用な親友は。 まだ若くか細い少年を無理矢理に大人と同じラインに引き上げ立たせるような、そんな真似をしたことを許してくれるだろうか。 『いつかは彼も知ることだ』 薄く笑う振りをして、きっと奴は俺を憎むのだ。 奴の口から報せるには、えらく時間がかかるだろうに。 どうせ誰かに任せてしまうのだろうに。 青年になり切る前に、気が狂いそうになりながらも戦場を火の海にしていたのは自分だろうに。 「左手で失礼」 汽車の車窓から向けられた少年の敬礼も、かなり板に付いて来た。 リゼンブールへ向かう汽車を見送り、司令部へ戻ろうと踵を返した時だった。 重量物の崩れる低い響きが伝わって、駅の片隅に白煙が広がるのが目に入った。 「爆発事故か!?」 駆け寄って見れば、貨物置き場に積み上げた荷が雪崩れ、煙の正体はそこら中を白く染める小麦粉であった事が判った。 「何だよ、焦らすなよ」 怪我人もおらぬ様子に安堵の吐息をつけば、傍らに小麦粉まみれで立ちすくむ子供がふたり。 兄妹だろうか、固く互いの身を抱き合い震えていた。 「怪我は? 崩れた荷の下に巻き込まれた人間がいるか判るか?」 質問しても首を振るうだけ。 「今度から積み荷の側で遊ぶのはやめるんだな。……それとも悪戯でもしてたか?」 「違うっ!」 粉まみれで怯えていた少年が叫び、その声を聞いて漸く、エド達と会話をしている最中にまとわりついて来た新聞売りだと気が付いた。 「おまえ……?」 妹の小さな手が、兄の服にしがみつくのが見えた。 「何事だ!?」 漸く駆け付けた鉄道警備隊や憲兵の声に振り向いた隙に、兄は妹の手を引き必死に走って逃げて行く。 「荷が崩れただけのようだ」 中佐の肩章に気付いた憲兵が慌てて敬礼をした。 駅員や貨物運搬業者が続々集まるのを見てから、その場を離れ、大総統の待つ東方司令部へ戻ることにした。 司令部と駅とを行ったり来たり、今度は大総統の為の御料列車で中央へと戻ることになる。 その慌ただしさにひとつ溜息をつき、兄妹の消えた方角を眺めた。 もしこの時、即座に新聞売りの少年を追い、傷の男が関わっているとの情報が得られていれば、或いは中央図書館第一分館の火災は防げたのかもしれない。 少年の前で第一分館の名をあげたと思い出したのは、迂闊にも火災が起きた後のことであったし、図書館の焼け跡に残る闘いの痕跡から、事件に関わったのが傷の男だけではないことも判っているが。 「大総統とそのお付きの国家錬金術師達が中央へ逃げ戻るのと同時に、傷の男が中央へ向かったのだとあの時判っていたのなら。連中、今度はどこへ逃げ出すつもりだったんだろーな」 『さあな。臆病者の腰巾着どもの考えることなど知らんよ』 遠く離れた親友が、電話口で退屈そうな声を出した。 エド達がマルコーの残した資料の解読を始めたとの報告の、ついでの雑談だった。 「傷の男が中央へ向かったと、もしエドがあの時知っていたら」 息を飲む気配が伝わって来た。 『ボロボロに傷付いた躯で、奴を追い掛けようとしたろうな。腕が壊れてようが、死にかけたばかりだろうが見境い無く。 ―――― たかが子供ひとりの護衛の為に、国家錬金術師の佐官が付くという異常事態もお構いなしに。全く迷惑なことだ』 ロイの口調が途中から変わり、思わず苦笑が漏れた。 エドとアルの警護を軍法会議所が請け負ったと報せた時には、「甘やかし過ぎるな」と露骨な安堵の声を出した癖に。 「もう、無条件には守らせてくれないだろうよ。あいつ等の信条は等価交換だからな、互いの利益を明確に捉えて交換条件を突き付けて来やがる」 『何か言いたげだな、ヒューズ中佐』 「何も。……大丈夫だ、ロイ。あいつ等は強い」 『勘違いをするな、ヒューズ。私はせいせいとしている』 「判ったからムキになるなよ」 『こんなことで俺がムキになるか!? この馬鹿ッ!』 受話器を叩き付けたらしく、盛大な音を立てて通話が切れた。 「……『馬鹿っ』だってさ、『馬鹿っ』。恐ろしい国家資格を持った、いいトシの軍将校殿が捨て台詞に『馬鹿っ』だって」 堪え切れずに笑っていたら、二十歳そこそこの電話交換手の女の子に「電話台に乗っからないで下さい」と叱責された。 ついパーティションに寄り掛かって腰を降ろしてしまっていたが、人の振り見て我が振り直せという奴だ。 さあ、あとは何が出来るだろう。 がむしゃらに前に進もうとする少年に、俺達はあと何をしてやれるのだろう。 無力さに打ちひしがれ泣いた、小さな子供はもういない。 俺達と同じ、自らの能力の限界に歯噛みしながら、それでも前に進み続けなくてはならぬ道に就いた彼等に、一体何を。 どんどん険しく細くなって行く道を、それでも進めと追い立てる為に。 「国家錬金術師とそれを狙う傷の男、中央と東部を跨ぐ破壊工作と殺人、謎の第三勢力、イシュヴァール殲滅戦とマルコー、それに大総統府 ―――― 。どこまで絡み合ってんだか」 複雑な事情のど真ん中に飛び込んだ、エドとアル。 それに手を貸す焔の錬金術師。 恐らく自分も、もう渦中にいるのだろうと。 「くわばらくわばら」 電話台から飛び降りて、交換手には愛想を振りまき。 「後で図書館に顔出すか。エド達に可愛いエリシアちゃんの最新写真見せてやったら、気分転換の役に立つだろ」 手帳に挟んだ家族写真を眺めながら、執務室へと戻った。 fin. |