| くわえ煙草 / くろいぬ |
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【ハボロイ】 『くわえ煙草』 市内の緊急設備の視察の帰路、いつの間にかハボックの荷物がひとつ増えていることに気付いた。 「何だ、それは?」 「ああ、巣箱です」 私が防災設備の管理者と面談をしている間も、確かに傍に控えていた筈だったが。 「車回して来る途中で、ちょこっと消防署に隣接してる公園覗いたんですよ。そしたらガキ共が集まってて……」 何年か前に誰かが公園の木にかけた巣箱が、朽ちて崩れて壊れてしまうと、子ども達が心配そうに見上げていたのだという。 「隙間からヘビが入り込んだらどうしようって言い出す坊主がいれば、それ真に受けてその場で泣き出す女の子もいて。……しゃーないっしょ、揃って涙目で見上げて来られたら、何とかしないといけないって気になるっショ?」 「暇そうなオトナだと、見込まれたのだろうな」 「優しそうなお兄さんだと信頼の目で見つめられたんですよ!」 「子どもは嗅覚に優れているからな。嗅ぎ付けられたんだろうな」 「…………もういいっス」 司令部に帰還した途端、壊れ掛けの巣箱を小脇に、その足で工具箱と木ぎれを探しに車庫やら倉庫やらを覗きに行く。 子ども達が頼み事を聞き入れてくれるヒトの良いオトナを探す嗅覚に優れているように、この男は欲しいものを探し出す術に長けている。 「板切れ? 厨房の裏にワインの木箱が積んであるから好きなだけ持って行ってバラして使いな」 「ありがとうよ!」 食堂出入りの酒屋を掴まえ、速攻、資材を調達した。 壊れかけの小さなの巣箱と、それを大事に抱える図体の大きな男を見た酒屋は愉快そうに笑った。 アンバランスがユーモアを刺激するのだ。 それを知ってか知らずかハボックは、銃を携えた厳つい軍服姿で嬉しげな笑みを浮かべる。 「余計な仕事を自ら増やす器用貧乏と、他人から好かれるオトクな性質で、差し引きゼロと言った所か?」 「あーはいはい。サボりの口実に、部下が引き受けた余計な仕事の監視って言い訳使えるのも、差し引きゼロってトコですかね? ……中尉はそんなことじゃ見逃してくれないと思いますけど!」 ワイン箱は程良く新しく、釘を引き抜き鋸を入れると木の良い香りがした。 「それにしても、一体何の鳥がここに巣を掛けるんでしょね?」 「そんなことを私が知る訳がない」 公園の前を通りがかる度にどこかから聞こえて来た、小さく軽やかな小鳥の声を思い浮かべながら言った。 「色んな鳥が来るんじゃないか?」 「色んな鳥でいいんですよね」 朽ちた底板だけを取り替えるつもりが、横も後ろも、屋根まで新しい板で補修しながら、ハボックが笑った。 どんな小鳥でも喜んで卵を産んで孵したくなるような、居心地のよい巣箱とはどんなものなんだろう。 ハボックならば知っているのだろうか? 「こんな感じでいいですかね?」 最後に打ち付けた屋根板を、巣箱を掲げるようにして検分しながら、ハボックは煙草を銜え火を付けた。 機嫌よく今にも鼻歌でも歌い出しそうだった。 ひと通り眺め回し満足そうに頷いて、僅かに浮いた釘の頭を打ち直す為にもう一度金槌を振るい始める。 小さな巣箱にかかり切りでしゃがみ込む姿から、咥え煙草の紫煙がゆらゆらと立ち昇った。 「両手が塞がってる時くらい、煙草を我慢したらどうだね?」 「吸いたい時に我慢出来ないのが煙草ってもんです」 フィルタを唇に挟んだ不明瞭な声が応える。 にわか大工仕事に満足仕切った声に、無性に悪戯心がわいた。 「巣箱と煙草と『コレ』とでは、どれが優先順位が高くてどれが一番我慢出来ない?」 左手に巣箱、右手に金槌、唇に咥え煙草の男の頬に、そっと接吻け素早く身を離した。 ぽろりと煙草の灰が真下に落ちる。 「……『コレ』! 大佐、もう一回!」 煙草も巣箱も金槌もポイと放り出したハボックに向け、眉を顰めて『嘆かわしい』と呟き、きびすを返した。 「我慢って、だっていつもアンタが我慢させてんでしょうが!?」 訳が判らぬとでも言うような悲鳴を背で聞き、私は笑った。 手が塞がってても許すから、唇くらいは空けておけ。 おまえが暇そうな時など誰より先に私が嗅ぎ付けているのだから、私の為に空けておけ。 巣箱を取り付けに行く時にもう一度苛めてやるから覚悟しろ。 fin. |