| くそったれ / くろいぬ |
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【ヒューロイ】 「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。」ジョバンニが斯う云いながらふりかえって見ましたらそのいままでカムパネルラの座っていた席にもうカムパネルラの形は見えずただ黒いびろうどばかりひかっていました。 ―――― 『銀河鉄道の夜』宮沢賢治 ―――― 「くそったれ…」 胸を撃たれて狭いテレフォンボックスの中、くずおれる。 ずれた眼鏡の向こうに銃口が二重三重にぼやけるのを、ヒューズは見た。 悪趣味な暗殺者に向かって罵倒のひとつやふたつをと、一息吸い込む呼吸すらままならぬ中、脳裏を巡る幾つかの顔。 愛してる。 ごめん、ありがとう。 すまねぇな。 意識は落ちて行き、やがて桔梗色の夜闇の中へ。 『campanella』 「珍しいところで逢うな、ヒューズ」 「そう嫌な顔しなさんな」 移動中の汽車の中、思いも寄らぬ相手に出会い、ロイは目を驚きに見開いた。 「突っ立ってねえで座れ」 言われるより先に、十数年の付き合いの遠慮のなさで男の向かいの席に腰を降ろす。 「おまえひとりなのか?」 「ああ。セントラルの人使いの荒さには参ったもんだ。……これ食うか?」 ぽんと放り投げられた、大きなりんご。 「おまえ、仕事と言いつつプチ旅行気分か。キャラメルとか持ってそうだな」 「あるある。欲しいならやるぞ」 ヒューズは嬉しげにポケットの中身を探る。 汽車は時折汽笛を鳴らしつつ、桔梗色の夜空を突っ切るように走った。 大きく開いた窓の外に明るく星が光る。 「やっぱ街から離れると星がきれいだな」 感心したようなヒューズの声に釣られ、ロイは夜空を見上げた。 「街中はスモッグだらけで星なんか欠片も見えんからな。まあ、夜空を茫っと見上げる程の暇がないからそう思うだけかもしれないが」 「士官学校の頃は、演習でとんでもない山ン中まで連れてかれて、食う物と言えば缶詰に乾パン、水をちびちび飲みながら、星空眺めるしかない、なんてこともあったっけな」 「ああ、あの藪蚊だらけの山岳演習!」 即座に、一晩中雲霞の如き虫の攻撃にさらされた不快感を思い出したロイがうんざりといった声を出した。 「休暇中に一緒に旅行したこともあったな」 「三等列車の硬い座席に座り続けで、尻が痛くなったのまで思い出して来た」 「何だ、もうちょっとマシなこと思い出せよ」 「おまえとは行き当たりばったりな旅行しかしてないだろう。切符だけ買って来合わせた列車に乗って行き着いた街で宿を探して、探しても見つからなければ駅の待合いで仮眠取って、朝になったらまた適当な列車に乗って……」 ロイの言葉のひとつひとつに蘇る記憶に、ヒューズは頷き笑った。 「列車に居合わせた物売りの荷を開けさせて、果物だのチーズだの買ったな。『朝から何にも食ってないんだ!』って。便所が塞がってて、連れ立って最後部の車輌のタラップに出て……」 「草原に多少の水分と栄養の補給をしてやっただけのことだ。問題あるまい」 窓枠についた肘から、ふたりの躯に汽車の振動が伝わる。 動かぬ星々、すれ違う標識のランプ、ひっきりなしに続くヒューズの話し声に、ロイは何時しか時の感覚がなくなりかけていることに気付いた。 学生時代の貧乏旅行の真っ只中にいるようだ。 互いに随分スレてしまった筈なのに、目の前に座る男の瞳はあの頃の陽気さのままで。 「おまえさんとは結構色んなことしたな」 「ああ。あんな適当な旅行など、もう一生涯することはないだろうな」 「残念ながら」 ヒューズは肩を竦めて大仰にため息を付いた。 「奥方と娘を連れて行け。セントラルも忙しかろうが、家族におまえの真の人となりを知らせるよい機会になるだろう。いい加減で出たとこ勝負で図々しさでどこでも馴染んで……」 「愛想でもいいから少しは誉めろ」 情けなさそうな表情を浮かべる髭面の男に、ロイは吹き出した。 「まあ、楽しかったと認めてやることに吝かではない、かもしれん」 貰ったばかりのりんごをヒューズに掲げて見せ、大きく一口囓る。 硬い歯ごたえと甘く酸っぱい味覚が、躯中に広がった。 「だろう? 楽しかったろう?」 ヒューズがそれを取り上げ、囓り跡に重ねて自分の歯を当てた。 「楽しかったろう?」 鋭く響く汽笛に負けず声がロイの耳に届き、掻き消える。 『ヒューズ?』 セントラルからのヒューズの通信を受け、回線が接続されるほんの一瞬の間に、ロイは白昼夢を見たと思った。 『ヒューズ……おいっ! ヒューズ! ヒューズ!!』 反応のない受話器に向かってロイは叫んだ。 いつか見た桔梗色の夜空が、無性に懐かしく感じられた。 fin. |