公園3 / 白猫
【ハボロイ】




『さくら さくら3』






厚い絨毯の上、寝室から持ち込んだ柔らかな毛布を重ねて身体を横たえれば、窓から差し込む焔の揺らぎが、自分に重なる金色を照らし出した。
なんだってこんなところで、と文句を言えば
『あんたの焔が好きなんです』
返された言葉に、心臓が震える。
どうしようもなく高くなった鼓動に気付かれたくないと、思わず差し出した掌に感じたもうひとつの心臓が、自分以上にどきどきと高鳴っていることに驚いて。それからひどく愛しくなった目の前の存在に、自ら手を伸ばして接吻ける。風に乗って舞い込む薄紅を身に纏って、橙の焔に見下ろされて。

「好きです」

もう、何度囁かれたのかもわからない言葉が、また躯を熱くする。






「大佐。桜、ついてますよ」
お互いを慈しむように交わした接吻けのあと、ひどく気恥ずかしくなって目を伏せた。ハボックが、少しだけ困ったように笑ってから、軽く髪にキスを落とす。
「さくら?」
「あんたの髪。というか、あちこち全部。随分と入ってきたみたいっすね」
言われて、あたりを見回してみれば、部屋中に散る薄紅が目に入った。
「部屋中が桜塗れじゃないか。お前が馬鹿デカイ枝を持ってくるからだ。あとで全部掃除しておけよ」
持て余していた躯の芯に残る甘やかな熱さから、現実に戻れることに安堵して、わざと冷たく言い放ってみれば。
「…可愛くねぇ。今の今迄、あんなに可愛かったってのに」
「煩い。お前が限度を知らないのが悪い。よりによって、こんなに大きな枝を持ち込むことはないだろう」
「小さかったら拗ねたのは誰でしたっけ」
「ハボック」
低く唸ってやっても、気にもとめずに
「嬉しかったんでしょう? これ」
得意気な顔で、嬉しそうに。
「別に」
「素直じゃないすよねえ」
「素直じゃないのはお前だろう」
「へ? 俺っすか?」
本気でわからないとでもいうような顔をする奴。
「あんな回りくどいことをしなくても、最初からこれを持ってくればいいだろう」
「これを司令部に? 冗談っしょ。花売りじゃないんスから」
「それなら、司令部に持ち込むのを明日にすればいいんだ。そうすれば…」
「拗ねずにすんだのに?」
可笑しそうに笑う奴を睨み付ける。
「お前は、一体何を考えているのか全然判らん」
「それはあんたの方でしょう」
「もっと真面目に真摯に人と向き合え」
「確かに俺も真面目じゃないっすけどね。それでも、あんたに言われると、すっげえ傷付きますね、ソレ」
裸の胸を押さえる真似をして、ハボックがそのまま倒れ込んでくる。
「おい、重い」
「傷付いてるんです」
「何処か他所で傷付け。私の上でやるな」
「それ、マジで言ってんだから、ほんと、ひどいっすよね、あんたって」
思い切り溜息をついて見せてから、それでも律儀に起き上がって、身体を離すハボックに、今度は温もりまでもが逃げていくのを感じて、眉を顰める。
「こら、動くな。寒いだろう」
「…あんたね。無茶言ってる自覚あります?」
「お前は、私の言うことは何でもきくのだろう?」
にっこりと微笑んでやれば、目の前の蒼い瞳が束の間瞬いた。
「一体何処をどうして誰にどう育てられたら、こういう我侭な男になるんですかね」
呆れたように言いながら、もう一度、今度は体重をかけないように、身体を覆って来る奴の器用さに感心しながら。
「生憎と我侭だと言われることは殆どないんだ。生意気だの若造だの言われるのには慣れているんだがね。私を我侭だというのは、お前と、ヒューズくらいだよ」
「そんだけ見事に猫被ってるってことですね。つーか、元はと言えば、中佐があんたのこと甘やかし過ぎたのが問題だと思うんスけどね」
溜息混じりの言葉を漏らした唇がゆっくりと喉元をなぞる。熱い舌先に触れられて、伝わってくる熱。
「…ッ」
「気持ちいいです?」
柔らかく包み込むかのような声。思わず肯定しそうになって、なんとか抑える。こんなところで調子に乗せてやるつもりは、さらさらない。できる限り、不機嫌な声を装って。
「不粋だな。なんだってお前はいちいちそんなことを訊くんだ」
「んー、だって、気持ち良い方がいいでしょう? せっかくこういうことをしてるのに、気持ちよくなかったり、足りなかったりしたら悔しくないです?」
「当たり前だ。それはお前も同じだろう?」
「あー、ちょっと違います」
こいつは何を言うんだろうと不思議に思いながらみつめれば、綺麗な蒼に優しく見つめ返される。
「俺はあんたとこうしていれば、それだけで気持ちいいですから。気持ちよくないとか、足りないなんてこと有り得ないっすよ。ただ」
そして、ほんの少しその目を細めて。
「俺はあんたのことが物凄く好きですけれど、あんたが、何を好きで、何を気持ちいいって思うか、全部知ってるわけでも判るわけでもないから。それはすごく悔しいっす」
悔しい、と言いながら、揺らぐことのない蒼。
「だから、あんたが気持ちいいって思うこと、なんでも知りたい。あんたに誰よりも気持ちよくなって欲しい。あんたの華やかな遍歴のなかで、俺がいちばんあんたのこと気持ちよくさせてやりたい」
「ああ、それは無理だな」
「ひでぇ」
即答にもめげる様子もなく、くつくつと笑って。
「それでも、あんたのこと、気持ちよくさせたいって思いますよ。いちばんが無理ならその次でもいい。もっと後でもいい。あんたが俺とこうしているとき、ほんの少しでも気持ちいいって思ってくれれば」
「随分と奥ゆかしいな。気持ち悪い」
「気持ちよくさせたいって、こんなに言ってるってのに、あんたってひとは」
呆れたように、それでも、また笑う奴。
「へんなヤツだな」
「何がですか?」
「なんだって、そんなに笑ってるんだ?」
「あんたが好きだからです。好きな人と抱き合っていれば、嬉しくなるでしょう」
「私は…」
「あー、そこまででいいっす。嬉しくもない、気持ちよくもない、好きでもない、とかあんた平気で言い兼ねないから」
そして、胸元に落とされる接吻け。
「あんたが好きです。どうしようもないくらい。上官だし年上だし男だし性格悪いし意地も悪いし、なんでこんなのに惚れたのかとか、もうどうでもよくなるくらい、あんただけが好きです」
指で撫でまわされて、硬く尖った胸元の突起に、熱い舌先が絡むようにして、吸い上げられて。熱くなっていく躯を、柔らかく撫でる掌と。首筋に触れてさわさわと揺れる金色の髪と。そして。
「好きです」
飽きることなく囁く、甘く掠れた低い声に、また熱が上がっていくのを感じて。
「やっぱり、お前…今日はヘンだ」
「あんたの焔と桜に酔ってるんです。あんたは酔いませんか?」
「私は…」
酔っているのかもしれない、と思う。
焔でも桜でもなく、この声に。



「好きです。…ね、あんたは?」



返事のかわりに、桜の香りの接吻けを。





fin.