公園2 / 白猫
【ハボロイ】






『さくら さくら2』








暗闇の中、薄紅の世界。
月明かりの下で、これほどまでに輝くものは、これ迄知らなかった。






リンと、呼び鈴が鳴ったのは、日付けが変わって直ぐだった。
座っていた椅子から、静かに腰をあげて、出来るだけゆっくりと玄関へと向かう。
「誰だ」
「判ってんでしょ。意地悪しないで開けて下さいよ」
僅かに掠れた声。夜中だということを考慮しての事とは又別に、多分これは息を必死に整えている声。
「こんな時間に失礼な奴だな」
わざとゆっくり扉をあけると、思った通り、派手に息を切らせたハボックの嬉しそうな笑顔。
「これでも出来る限り早く走ったんスよ。勘弁してください」
そして、するりと扉をすり抜けて。
「ね、大佐。桜、見てくれました?」
「さあ。なんのことかな? お前に貰った小さな枝なら、執務室のコーヒーカップに挿してきたが?」
「ああ、アレね。あんた、コーヒーが入ってるのに、そのまま挿したでしょう。中尉が怒ってましたよ。明日、きっと叱られますから」
「……」
思わず言葉に詰まると、可笑しそうに笑い出す奴。
「嘘です。中尉が気付く前に、ちゃんと挿しかえておきました。いまは、電話の脇でちゃんと元気に咲いてくれてますよ」
笑いながらさっさと書斎に向かったハボックを蹴る真似をしてから、その広い背中を、ゆっくりと追う。
「あんたが帰ってきていちばん先に気付いてくれそうなところって思ったら、書斎しか思いあたらなかったんスよ。カーテン、開けておいてくれてよかったです。閉まってたら、どうしようかと思って悩んでたんすから」
そんなことを話しながら、ずんずんと歩いていく奴。

こいつは、どんな顔であれを見るのだろう。
悪戯をしかけた子どものように、わくわくして。

「大佐?」
「なんでもない」
ちょっとだけ訝し気な顔をした奴が、目の前にせまった書斎の扉に手を掛ける。
「桜、見てくれたんすよね? まさか本当に気が付いてないなんてこと」
「そこまで人を馬鹿にするな」
「ですよね。すいません」
もういちど笑ってから、その大きな腕が、ばたん、と重厚な扉を開けて、そのままその場に硬直した。

「な…」
言葉を失う長身の隣に歩み寄って。

「どうだ。気に入ったか?」

真っ暗な広い部屋。
目に入るのは、大きな窓の向こうの桜色と篝火の橙色。
太陽の光が失せるまで見つめ続けていた花が、暗闇に消えてしまわないようにと呼び起こした火蜥蜴の焔。
灯りを灯すのが面倒で指を鳴らしただけだったのが、そのあまりの効果に驚いて、どうしてもコイツに見せたくなった、黒と橙と薄紅の妖艶な世界。

「ハボック?」
「あんた、これ…」
「せっかくの贈り物だからな。趣向を凝らすのも良いだろう?」
「ええ。本当に」
きっと何か言ってくるだろうと思った奴の素直な返事に、思わず眉を顰める。
「…なんだか素直だな。気持ち悪い」
「あんたに…」
「え?」
隣にいたハボックが、一歩進んで窓に近付く。
「あんたに見て欲しかったんです。公園で見た桜が、あんまりにも綺麗で、花見とかそんな俗なことじゃなくて、ただ、これをあんたに見せたいって思って」
そしてまた一歩。
「この桜の下のあんたは、きっと堪らなく綺麗だろうなって思ったら、どうしようもなくて。伐採してた奴等に頼んだら車まで貸してくれたんで」
「車?」
「リヤカーっすけど」
「……お前、ここまで、それで運んで来たのか?」
「もちろん。まさかこんだけの量、手で運べないっすよ」
振り返りもせず、さらりと。あまりにも、コイツらしいことを言われて、思わず笑いが漏れて止まらなくなる。
「似合ってるな、お前」
「いいっすよ。笑ってて下さい。こんだけ綺麗なモン見せて貰ったんだから、それくらい」
そして、窓に辿り着いたハボックが、そっと窓枠に手を掛ける。
「開けても?」
「ああ」

ぱたんと開かれた窓から、温かい風と薄紅が舞い込んで。揺れる焔は、何事もなかったかのように、花を照らし続ける。

「綺麗っすね」
「ああ」
「桜も、あんたの焔も」
「ああ。そうだな」

きっとコイツはそう言うと思ったから。

「でも何よりも」

そう言って振り向いたハボックの金色の髪が焔に照らされてきらきらと輝いた。

「あんたがいちばん綺麗だ」




篝火に照らされながら蕩けるような接吻けを交わす。


いちばん綺麗なのは、この金色と蒼だと思いながら。





fin.