| 公園 / 白猫 |
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【ハボロイ】(『公園』) 『さくら さくら』 「なんだ、それは」 いつも通りのおざなりなノックと共に、ばたんと勢いよく開けられた執務室の扉。何気なく顔を向けた途端、淡いピンク色の塊に目を奪われた。 「桜です」 「それは判る」 一抱え以上もあるような大きな花枝の先から覗く金色と、いつも聞き慣れた恍けた声。 「どこから持ってきたんだ、花泥棒」 「人聞きの悪いこと言わんでくださいよ。さっき通りがかった公園で伐採してたんすよ。せっかくこんなにたくさん花つけてんのに、切って捨てちまうのは可哀想なんで貰ってきたんです。途中であちこち配ってきたんで、今日は司令部中お花見気分すね」 「一体どれだけ貰ってきたんだ」 今でも充分過ぎる量を抱えているだろうと、呆れて尋ねてみれば 「抱えられるだけ全部です」 澄ました顔で答えたハボックが、手にしていた桜をどさりと机に下ろした。 「今年は忙しくて花見も出来そうにないでしょう。せめて部屋の中ででもこうして桜が見られたら、ちょっとは和んだりしないっすか?」 「中尉が見たら何というかだな」 「中尉は今、司令室の桜をいけてくれてます。応接室にも置いてくれるそうなんで、頼んできました」 「…暇人の集まりだな、此処は」 「それ、中尉の前でも言えるんならどうぞ」 「お前が言え」 「俺は思ってないっすから。なんでしたら、今此処に中尉呼びましょうか?」 にこやかに微笑みかけられて、言葉に詰まる。 「…やめろ」 「了解」 如何にも可笑しそうに笑うハボックを睨んでから。 「それで、その花は何処に飾るつもりだ」 執務室に全部、と言われたら、なんと返してやろうかと考えながら問いかけると 「此処のつもりだったんすけどね」 つもり? 思ってもみなかった返事に軽く眉を顰める。 「此処にくる前に食堂のおばちゃんにつかまりまして。それを食堂に持ってこないなんて真似した日には、2度と此処でまともな食事がとれるだなんて思わないでちょーだいよって脅されちまったんで」 「……」 「これから全部食堂に持っていきます。あんたにはコレ」 そして差し出されたのは、鉛筆程の細くて小さな小枝が一本。 「…これだけか」 「それで勘弁してください。もう全部配っちまったあとなんで残ってないんすよ。あんたはどうせもうあがりでしょ。それとも欲しかったっスか? だったら、今から何処かの花を返してもらって…」 「要らん、そんなモノ」 酷く気に触る言い方に、思わず声を荒げれば、目の前の蒼い瞳が僅かに困ったように揺れる。 「拗ねないでくださいよ」 「誰がっ!さっさと食堂に持っていけ。女性が待っているのだろう。女性を待たせるのはマナー違反だぞ」 「あんたがそう言ってたってこと、おばちゃんに伝えておきますよ。きっとまたあんたの株だけあがるんだろうなぁ」 楽しそうに笑いながら机の上の花枝を取ったハボックが、そのまま桜を肩に担ぎ上げると、はらはらと舞い落ちる花弁。 「あ、すいません」 頭の上に落ちたらしい花弁に手を伸ばしたハボックが、ふと手をとめて、耳許に唇を寄せる。 「花を被るあんたもほんとに綺麗ですよ」 「…っな」 突然囁かれた言葉に絶句している間に、花の向こうで敬礼したハボックが、くるりと踵を返して部屋を出て行くのを唖然と見送って。 「んのっ、馬鹿野郎っ!」 扉が閉まったあとで叫んだ声だけが、空しく部屋に響いた。 「ったく、どういうつもりなんだ、あいつは」 本日の護衛と称した軍曹が車を取りに行った隙に歩いて帰ろうとしたところを目敏い中尉にみつかって、冷ややかに叱責されたあと、一人増えた護衛に囲まれて帰途についた。途中、通りがかった公園では、今を盛りと咲き乱れる桜が、嫌でも目に入り、益々苛々がつのる。漸く、家まで到着してみれば、玄関の中まで送るなどと馬鹿げたことを抜かした軍曹を一睨して追い返す羽目になり。折角仕事を終えて帰って来たというのに、なんだってこんなにも気分が悪いのかと考えてみれば、思い出すのは、どうしても、帰り間際につまらないことを言って来た金髪の部下のことばかりだった。 「だいたい、あいつは、わざわざ何をしに来たんだ」 大きな桜をみせびらかすかのように、見せつけて。 あの大きな腕いっぱいに抱えられた桜はさぞかし圧巻だったことだろう。それを、自分のところに来るまでに、気前よく、全部他人に渡してしまったと笑う奴。 何がどうしたというわけではない。桜が欲しかったわけでは決してない。けれど。 「いちばん最初に来ればいいじゃないか」 これを全部此処に飾ろうと思って。 笑いながら、きっとそう言うのだろうと思っていたのに。 期待していた自分がまるで馬鹿のようじゃないか。 その癖。 『綺麗ですよ』 「くそっ!」 まるで睦言を囁くかのような声を耳許に残した奴。 「当分許してやるものか」 ポケットから取り出した鍵を無理矢理鍵穴に突っ込んでまわすと、頑丈な扉を蹴りあげるようにして開く。 『入ったらすぐに鍵を閉めて下さいね』 『あんた、そういうこと、すぐ忘れるから』 「煩いっ!」 誰もいない家で叫ぶ自分はどれだけみっともないのだろう。ますます苛々する気持ちを持て余しながら、まっすぐに書斎に向かう。扉を開けた途端、正面の大きな窓から差し込む西日に襲われて、すうっと目を細めた。 いつでもきっちりと閉めているのが習慣だった厚いカーテンを、昼間開いておくようになったのは、太陽の匂いを好む部下の影響だった。夕方、帰ってきたときに、微かに残る陽の匂い。そこに、金色の髪を揺らす青年の存在を感じる為だとは認めてはいないけれど。 「本が陽に灼けるだろうが」 いつもなら言わないことをわざわざ口にしながら、気に喰わない金色の光を閉め出してやろうと、窓際に近付いたとき、それに気付いた。 「え?」 西日を遮るように、額に手を翳してみた自分の瞳に飛び込んできたものは。 「桜?」 窓の外に、まるですべてを覆うかのように、薄い紅の花の舞い。 「…ハボック?」 一体どうやってこれほどの量を運び込んだのかと呆れるような、何よりも見事な花枝。 急いで近付いて窓を大きく開いたとき、さらりと、風が吹き抜けた。 一瞬で舞い上がる桜色に視界を奪われて 他にはなにもない、ただその桜色だけが、世界を覆い尽して 『綺麗です』 何処かから聴こえた囁き声に、ぞくり、と、躯が熱く震えた。 「あの…馬鹿めが…」 ぎゅっと自らを抱き締めて、そっと呟く。 きっと、仕事が終われば、まっすぐに、息を切らせて走って帰ってくるに違い無い奴を思いながら。 世界を覆い尽す桜の下で。 fin. |