| この夜世界は時を止める / くろ |
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【ヒューロイ】 『素晴らしき日々』 どうしようね? 同性と肉体関係を持つだなんてこと、私は思ってもみなかったんだが。 週末、士官学校を抜け出し酒場に赴き、初めて躯を重ねた夜に、ヒューズに向かって軽い口調でロイが言った。ふたりはとうに躯を離し、盛り場のいかにもソレ専門のホテルのベッドに転がって、それぞれの熱を冷ましていた。 ヒューズは床に脱ぎ捨てた軍服に腕を伸ばし、煙草を取り出し口にした。 「酔いの所為にしたきゃ、別にそれでもいいぞ?」 備え付けの大きな灰皿に目を止めて、吸い殻を入れる前にひっくり返して眺め始める。 「何をしている?」 「いやぁ、これだけ大きけりゃ吸い殻も中々溢れる心配もないし、吸い放題かな、と」 「……持ち帰る気か、この馬鹿」 「拙いか?」 「そのくらい金出して買え」 咥え煙草で未練たらしく灰皿を眺め続ける男に、ロイは今まで突っ伏していた枕を投げ付けた。煙草を庇い、片手で枕を避けながらヒューズは笑い出した。 「おい、軍属が飲んで潰れて、一番手近な宿に入ったってことにしたってだな、ベッドカバーに焦げ穴開けちゃ謝んなきゃなんねーんだぞ?」 「灰皿泥棒はそれより破廉恥だと思うがな」 枕の次に、ロイはベッドの側の床にばらばらと散らばる軍靴を拾い、投げ付け始めた。 「コラ! ブーツは痛えよ、ロイ!」 昨晩もつれ合うようにシーツに転がり込み、互いの服を焦る手付きで剥き合う隙に、ブーツはそれぞれ自分で脱いだ。固く戒める革靴の、靴紐を無造作に引っ張り解き放り投げ。ふたり分合計四つのブーツは、だから、とんでもなく離ればなれに転がっていたけれど。 一番遠くのブーツを引っ掴む為、ロイは一旦ベッドから脚を下ろし、 「イタ」 渾身の力でヒューズに投げ付けようと振り向き上げる手を。 「!」 「痛むのか?」 ブーツを掴んだ手首と腰を、がっちりと強い掌に掴まれ動きを止めた。 「痛まない訳がないだろうが!」 ロイは開いた掌でヒューズの頭をはたいた。 「痛かろうが痛くなかろうが、後悔は私の主義じゃない」 ぶつかり合う眼差し5センチの距離で、ヒューズは一瞬目を見開いた。 「……じゃ、何が『どうしようね?』?」 当初のロイの言葉に話を戻す。 「それは、」 「それは?」 「戸惑うくらいはしてもよかろう?」 ヒューズはロイをシーツに倒し、躯の下に敷き込んだ。 「取り消したい訳じゃないんだな?」 「喜んで望んだという程でもないがな」 「結構悦んでたと思うが?」 「それはベッドマナーと言うモノだ」 「……言うねぇ」 剣呑な光を帯びたヒューズの瞳が、徐々に和らぐ。視界の端に、灰皿に放り込んだ吸いかけの煙草が、ゆらゆらと紫煙を昇らせ天井に薫る。 「夕べの月の光の下ではマナーを心得た熟女のように。今朝の暁の下では初々しく惑う乙女のように?」 「私は酒の所為にする気はない」 「……俺も欲しいモノを掴まえる機会を逃さず捉えただけだ。」 緊張の解けたヒューズが笑い出した。笑いながらシーツに抑え込んだ躯に回す腕を強め、抱き締められた方も首筋にかかる吐息をくすぐったがって笑い出す。 「痛いと言ったのが聞こえなかったか」 「 ―――― もー、逃さねー」 急速に軍事国家に傾きつつある、とある国の士官学校生がふたり。 政権交代で年号は替わったばかり、国内は内乱続き。 不安まじりの前途は洋々、自らの腕ひとつに人生を掛ける希望を持ち。 未来は輝きに満ちたものだと信じられる強さを持っていた頃。 何ものにも代え難い密度の濃い時間を、誰よりも信頼する人と共有していた日々。 永遠に繋がる、この素晴らしき日々。 Eternal memories of the Wonderful Wonder Years. eternal days... |