告白 / くろいぬ
【ヒューロイ】【士官学校】




『言えない』



「なんかくれよ」
「はァ!?」
 朝の慌ただしさの中、急に言われてロイは振り返った。
 シャツの手首のボタンを留めるのに手間取り、声が尖る。
 ベッドの上ではすっかり身支度を終えたヒューズが、教科テキストをぱらぱらと捲っていた。
「や、バレンタインだからさ、贈り物のひとつくらい欲しいなあと」
 ロイの立つ場所からは、眼鏡が光を反射してヒューズの瞳の表情は見えない。
「バレンタインにお前にやるようなモノなどない」
 片手でボタンを上手く留められず、ロイは舌打ちをした。
 小さな貝ボタンは指先から滑って逃げ、硬く糊の利いた袖口のボタン穴を通らない。
「この!」
 始業の時間が迫り、ロイの声に苛立ちが滲んだ。

 ぱたん。

 テキストを閉じたヒューズがベッドから立ち上がり、ロイの正面に立つ。
「……」
「何だと言うのだ」
 相変わらず表情の伺い辛い眼鏡が自分を見下ろし、急に顔を近寄せて来るのに、ロイは身を引きかけた。
「ボタン」
 腕を取り上げ、ヒューズは素早く両の手首のボタンを填める。
「ロイ」
 片方掴んだままの腕をヒューズは強く引き、白のワイシャツ姿のロイを抱き締めた。
「早くしないと遅れ……」
「ロイ」
 自分の真上に伏せた顔の表情を漸くロイは見た。
 レンズ越しの薄い緑の瞳が真剣にロイを睨み、ゆっくり近付きながら目蓋を閉ざす。
 目蓋の生え揃った睫毛を見て、ロイもまた目を閉じた。

 お前にやれるモノなど、これ以上もう何もない。
 全部渡してしまってもう、何も残っていないのに。

 侵入する舌に精一杯応えながら、触れ合う唇の隙間からため息だけを洩らした。
 長い接吻けを終えた後、ヒューズはロイの躯をきつく抱き、肩口で「くそう」と呟いた。
「おまえは欲張りだ」
「悪かったな」
 遠く聞こえる予鈴を合図に身を離す。

「教室までダッシュだな」
「ああ」



 羽根を生やしたように駆ける若い躯にその時詰まっていたものは、
 息苦しいほどの恋心。



fin.