| 恋患い17 / 白猫 |
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【ハボロイ】 『恋患い17〜完結編という名のオマケ』 柔らかな陽射しがカーテンの隙間から入り込んで瞼を刺激した。ゆっくりと目を開いてみれば、見慣れぬ天井の色。一瞬の違和感の後、昨日の出来事をすべて思い出して慌てて隣に目を遣ると、そこには誰よりも愛しい恋人の姿。 ああ、こういうのを、しあわせというんだな、そんなことを思いながら、ふと目にした時計の文字盤。 ………。 「うわあああああ!!!」 有り得ない時間を示す針に思わず飛び起きる。 例え何があろうとも、あと15分後にはデスクについていなければならないこの時間。向かい合ったデスクでは、既にホークアイ中尉が朝のコーヒーを口にしている頃だろう。 「あり得ねえーーっ!」 ベッドから飛び下りると同時に目に付いたシャツと軍服を引っ掴んで洗面所に駆け込んだ。蛇口を捻ってざぶざぶと顔を洗う。昨日、ふたりで身体を沈めた浴槽を見ても、感慨に浸る暇もないのがめちゃくちゃに悔しい。昨日ふたりでベッドで食べた冷めてしまった朝食の代わりに、今朝は温かい美味しい朝食を作る予定もあったのに。 口を濯いでシャツとズボンを身につけると急いで寝室に戻る。 「大佐!」 「んー……」 かなり騒々しい音をたてている筈なのに、未だにベッドに俯せたままのひとは、自分よりもずっと階級が上で所謂重役出勤も許されてはいるけれど。 「ホークアイ中尉に怒られますよ、大佐!」 時間はないけれど、どうせ間に合わないのなら、せめてコーヒーくらいはいれるべきだろうか。それとも、間に合わなくても、とにかく1分1秒でも早く司令部に着くよう走るべきだろうか。そんなことを考えながら、ベッドに近付く。 「大佐。起きてるんでしょう」 「んー」 頭を撫でると、うれしそうに伸びをしてから、そっと瞼を開くひと。ああ、なんだか猫みたいだなあ、などとそれどころじゃない感想を持ちながら。 「おはようございます」 「…朝から騒々しいな」 「あー、すみません、でも、ちょっと時間が有り得ないもんで」 「あん?」 「あと10分後にはデスクに座ってないと中尉に叱られます」 「…無理だな」 ごろん、と大きな猫が転がる。 いや、だから、そう簡単に結論つけないで欲しい。 「無理なのは承知なんですけど、ほら、いますぐ出れば30分ほどの遅刻ですみますから。すぐ用意してください」 そのまま又寝入ってしまいそうな様子に慌てて揺するが。 「煩い」 「大佐!」 「動けない」 「動けない、って、どうしたんですか?」 また無茶な理由を付けるつもりなんだろうか、と思った途端、目の前のひとが突然振り向く。 「どうしただと? お前、自分が昨日何をしたか、まさかまた覚えていないんじゃないだろうな」 不機嫌そうな声。その内容を把握した途端思わず飛び上がった。 「まさかっ! 覚えてますよ! あんたといっぱいキスして、繋がって、いっぱいイって、イかせて、舐めたときのあんたのカオとか声とかそれから…」 「もういいっ!」 真っ赤に照れている顔が凶悪にかわいいなあ、と。どうやらニヤケた思いが顔に出たようで、まっすぐに睨みつけられて正気に戻った。 今はこんなことをうっとりと思っている場合ではなかっただろう。中尉を怒らせたあとに襲いくる恐怖を思うと、ぶるんと身体が震える。 「ね、覚えてるでしょう。なんだったら、あとで全部繰り返しますから。そうじゃなくて、あんた、昨日の朝はちゃんと歩いてたでしょう」 「ぁあ? そんなもの当然だろう。昨日の朝は別に…」 「だって、そんなのおかしいですよ。それを言うなら一昨日の方が酷かった筈なのに」 「あ?」 「俺、なにも覚えてないくらいに酔ってましたし、初めてでしたし、あんたに気遣うこともなにもなくただ闇雲にヤった筈だから…」 「あ…あれは」 何故か微妙に揺れる黒い瞳。 「でも、あんたは昨日元気に動いてたじゃないですか。それとも、あれって滅茶苦茶我慢していたとかっ?」 もしかして気付かなかっただけなのか? 思い当たった事実に青ざめる。 「いや、そういうワケではないが…」 けれど、何故か歯切れの悪いひとに首を傾げて。 「でも、今日は酷いんでしょう? あ、それとも、あれか、筋肉痛が2〜3日してから出て来るようになったようなものとか……痛えっ!」 「人を年寄り扱いするなっ!」 殴られた額はきっと赤くなっているに違いない。 「でもマズイっすね」 額を擦りながら呟くと、何故かけろっとした顔でみつめられて。 「何がだ」 「だってそれじゃとても出勤なんて出来ないでしょう」 ベッドから起き上がることもできないのに、出勤などできるはずもない。 「いや。別に問題はない。一日休養すればこのくらいなんとでもなるだろう」 「休養ってあんた。今日は非番じゃないでしょう?」 「ああ、非番じゃなかったんだがな」 微妙な言い回しに、なんだかイヤな予感がして、眉を顰める。 「大佐?」 「昨日、電話をしたときに、届けを出して貰えるように中尉に頼んである」 「…は?」 「つまり」 そして、いつも見慣れた質の悪い笑顔が。 「今日は私は休みなんだ」 なんなんだ、それはっ! 「ず、ずりぃぃーっ!」 「やかましい。お前と違ってきちんと先を読めるというだけだ」 「ちょっと待って下さいよ。で、俺はっ?」 「お前は当然出勤だ。そろそろ書類も溜っているだろうな。頑張って来い」 「そりゃないッスよ」 嬉しそうに笑うのは、すっかりいつもの上司に戻った顔で。 ああ、あの可愛い恋人は一体どこにいってしまったのだろう…。 「ハボック」 「なんすか」 「ということで、私はもう寝たいのだが」 (さっさと行け) 陰の声と共に、にっこりと微笑まれて、深い溜息をつく。 「いっそ一緒に休みましょうか」 「それでも別にいいんだがな。ハボック」 「はい」 「お前、ひとつ忘れていないか?」 「え?」 「お前は昨日は非番だったワケではないんだぞ?」 「え…、あ…」 何を? と思った瞬間に蘇ったのは、昨日の朝の会話。 「お前、自分の休みの理由を覚えているか?」 「……」 「昨日の休みの理由に加えて、今日も欠勤ということになれば、中尉がどんな反応を示…」 「うわああああああ!!!」 思い出したとんでもない理由に、こんどこそ全身の血がひいた。 「すいません、俺、行ってきますっ! なるべく早く帰ってきますから!」 「帰っ…、おい、ハボック?」 「すんません、時間ないっす! 行って来ます!」 呆れた顔でみつめるロイの頬に掠めるキスだけ残して、慌ただしく上着だけ引っ掴んで玄関を飛び出す。 また来ます、ではなく、帰る、と咄嗟に口にした自分に照れながら。 閉まった扉の向こうの愛しい存在が、同じように顔を赤くしていたことは、このときはまだ知る由もなく…。 『恋患い』 fin. |