声が聴こえる / くろいぬ
【ヒュー←ロイ】




『声が聴こえる』


『しょうがねえから付き合ってやるか!』
 その言葉の前後に交わした会話の記憶は残っていない。
 多分私の野心に関わる話をしていたのだろう。
 夜更かしをするとか、図書館に遅くまで残るとか、休日に映画を見に行くとか、そんな他愛のない事柄についても幾度となく繰り返された筈の言葉。

 資料の整理をするうちに、ついつい中身を読み耽り、整理どころか本棚の前に無駄に本の柱を築いているばかりな現状にうんざりとし始めていた時に、それを見つけた。
 研究用のノートに挟んだ一枚の写真。
 イシュヴァールの水色の空の下で前哨戦の勝利に酔った我々が上げる祝杯の様子が、モノクロームで写し出されていた。
『しょうがねえから付き合ってやるか!』
 彼の言葉には嘘はなく、運命が残酷な刃を振るわなければ彼は、未だにその約束を守り続けていた筈だった。
 未来は永遠に続く筈のものだった。
 精一杯の心情も誓いも、巫山戯た口調で告げることしか出来なかった。
 自分の未来を丸ごと捧げるつもりの誓いの言葉に等しかった。
 同じ物を見ていた。
 自分が誓いを破るだなんてことは、カケラ程も疑っていなかった。

 白から黒へのグラデーションで、かけがえのない瞬間を捕らえ写し出した写真に私は暫し見入り、またノートに挟んで元通り本棚に突っ込んだ。
 まだ写真立てには仕舞えない。
 写真立ての硝子越しの日差しで優しいセピアに染めるには、まだ早い。
 段取りの悪い資料整理をまた私は開始した。

 意味すら判らなくなる程、彼の声が耳に蘇る。 



fin.