| 期待 / くろいぬ |
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【ハボロイ】 『期待』 ナイフを置いてロイは口元をナプキンで拭った。 「美味かった」 「そりゃどーも。食後に甘い物は?」 「さっきいい匂いをさせてた奴か? あれは何だ?」 「単なるクレープです」 「ほう?」 ロイが子どもじみた喜びの表情を瞳に浮かべ、テーブルの向かいの席から立ち上がりかけたハボックは小さく笑った。 テーブルに並ぶ皿を手早く重ねてキッチンへ運び、ロイを呼ぶ。 「ほら見ててください」 ロイの覗き込んだパンの中では、バターとカラメルの香りがするオレンジのソースに浸るよう、行儀よく畳んだクレープが並んでいた。 「単なるクレープが化ける魔法」 ハボックがパンに注いだコニャックが青い炎を揺らめかせ、部屋中に甘い香りを漂わせる。 「あんた程派手な炎じゃないですけどね」 デザートを平らげ、紅茶を飲みつつ、ふたりはテーブルにカードを広げた。 皿洗いを賭けた真剣勝負だ。 「ハボック、おまえも物好きだな。何が嬉しくて休日に上官の家まで来て、料理なんぞしてるんだ?」 手札と交換したカードを山に捨てたロイが、問うた。 「何ででしょうね」 新しく引いたカードを手札と見比べ、ハボックが眉を顰める。 「言われなくても自分でメシ作ってちゃんと食べる上官なら、放っておくんですけどね」 「作るのも、食べるだけの為に外出するのも面倒くさい」 ハボックが目を上げると、ロイは扇状に広げたカードに目を伏せていた。 手札が良いのか悪いのか、その表情からは伺えない。 「それ、デートのお相手に向かって言えます……? 全く。内面外面が違い過ぎなんです、よ! と」 ハボックは山にカードを捨て、また新しく札を取る。 眉が更に顰められ、それを見たロイの肩が僅かに揺れた。 笑いを噛み殺しているのだ。 「どうした? 中々よい札が回って来ないか。降りてもいいぞ?」 「降りたら皿洗い俺にやらせる気でしょう? そうは問屋が……」 ハボックはまた、伏せたカードの山から札を引いた。 「ハボック」 「はい?」 「おまえ、何で私の面倒なんか見に来てるんだ? 一日くらい放って置かれても、飢え死にはしないぞ。それともホークアイ中尉の命令か?」 カードで表情を半分隠したロイが、上目遣いでハボックを見る。 「別に面倒なんて思ってないし、お目付という訳でも……」 「じゃあ何だ?」 「ナニって言うか」 探るようなロイの目付きがハボックのユーモアを刺激した。 「そうスねえ。酒、の所為かもしれません」 「酒?」 ロイの眉が片方、角度を変えた。 「メシ作るのは苦じゃないし、どうせ作るならひとり分よりふたり分の方が美味いってのもありますけど。何より、いい酒。俺の薄給で買える酒より格段に上のレベルの酒が、大佐んちにはありますからねえ」 「酒。」 「いい酒使うと味が格段に違うんですよ。肉やレバーをフランベするのも、スープやシチューや甘いモンに香り付けするのも、いいコニャック、ワインをふんだんに使えると、もう全然差が出ちゃって」 「酒、か」 「酒っス。もー、普通の生活に戻れませんね。あ、大佐。紅茶にブランデー入れていいですか?」 ロイの眉がきりきりと角度を上げた。 「わぷ! 大佐、カード投げない……!」 「この馬鹿もの! 皿洗いなどおまえがさっさとやれ! タダ酒飲める程世の中は甘くはないぞ!」 「俺折角いいカード巡って来たのに!」 カードを放り投げて本気でむくれるロイに向かい、抗議の声をあげるハボックの顔には。 笑みが浮かんで。 fin. |