*番外/ハボック的私的ロイ・マスタング観察日記
「犬はいい!」
 以前力説していたが、もしかしたらこの人は本当に犬好きなのかもしれない。
 外の空気が吸いたいと、昼食のサンドイッチを持ってどこかへ行ったと思ったら、中庭でホークアイ中尉の犬を、餌付けしようとしていたらしい。

 立ち耳、巻き尾で胸から腹の白い黒犬。
 その名もブラックハヤテ号。
 中尉の厳しい躾を見て、軍用犬にするんじゃないかとフュリー曹長は言っていたが、シェパードサイズではないようだ。
 麻呂眉に、根元の白さの眩しいあの巻き尾。
 ……柴犬?

 トコロで、サンドイッチを手にそのブラックハヤテ号へじりじりと近寄る大佐は、どう見ても犬慣れしていない。
 ……ああ、そんなに緊張した怖い顔で近寄ったって、威嚇されてるとしか犬は思わないって。
 躾のよい犬が飼い主以外から餌を貰うかどうかは判らないが、ちょこっと小さく千切ったパン投げるかなんかして、まず食わせて、敵意のないことを示して、徐々に犬の方から近付けさせればいいのに。
 ……。
 …………。
 不器用な男だな!
 鼻にしわ寄せ耳を前傾、逆立つ背中の毛で巻き尾を立ち上げた、あのブラックハヤテ号の姿勢が何を意味するか、判んねーかよ!
 思いっ切り警戒されてんじゃねえか!
 そんな怖い顔で近付くんじゃないって、俺が犬なら吠えて噛むぞ!!
 その時大佐の声が聞こえて来た。
『ブラックハヤテ号よ、来い! カムヒアー!!』

 ……逃げられて当然だよ、大佐。
 しょんぼり肩を落として乾きかけのサンドイッチを食べる姿は、少し可哀相だったけどな。

   ◇   ◇   ◇

 夜勤最中仮眠室に入った大佐を追い掛けた。
「眠いんだからあ……」
 激しく可愛らしいことを言われ、衝撃に思わず胸を押さえかけたが。
「……っち行け!」
 『眠いんだから』『アッチ行け!』
 妙な所で区切らんでください!!

 ああ、まだドキがムネムネじゃねーかよ。
 あんたの所為で。

   ◇   ◇   ◇

 俺は見た!
 書類の端の、犬の落書き。
 大佐の美術的芸術的な技術水準がよく判る。

 ……まぁるい顔にオメメの点々、くるくるっとした鼻に、丸い耳。
 胴体も丸こくて、しっぽが立ってる。
 黒塗り部分のコントラストから見て、どうやら、……ブラックハヤテ号の絵らしい。
 縫いぐるみになったブラックハヤテ号。
 大佐は犬好きじゃなくて、もしや単なる縫いぐるみ好きなのかもしれない。
 そりゃ、飯やらなくても文句言わないよな、縫いぐるみなら。

   ◇   ◇   ◇


 只今夜勤中の仮眠室。
 夜の11時を過ぎたばかりだというのに、大佐はぐっすり眠っている。
 この時間にこれだけぐっすり眠れる大人って、絶対普段から夜更かししてねえぞ?
 この人、普段あんだけデートデートって、一体デートで何やってんだ?
 早いのか?
 スタミナ持続戦より早い方が好かれるのか!?
 やっぱテクかよ!

 そんなことをぐるぐる考えているうちに、気付けば大佐の寝顔が険しくなっていた。
 夢でも見ているのか、眉間に深い皺が寄る。
 怖い夢? 怒っている夢?
 抱き締めた枕に押し付けた頬が、剣のある目元に似合わぬ柔らかさを見せる。
 童顔、なんだなあ。
 髪の毛も寝乱れて、薄く開いた唇が子供みたいで。
 しっとり柔らかそうで。
 眠りながら抱き直した枕に、まるでしがみついて甘えるみたいで。

 ブラックハヤテ号に、こうしたいのかも。
 あったかくて毛並みのぴかぴかなブラックハヤテ号に、こんな風に顔を擦り付けて眠りたいのかもしれない。
 まるで子供みたいな、そんな姿を想像した。
 口を開けば悪口雑言の多いこの人が、眠っていると天使のようで。
 静かに眠る天使。
 ねえ、あんた先刻から、息してます?
 神様は、美しい子供を自分の手許に置きたがるんです。

 不安になって、唇で吐息を確かめた。

   ◇   ◇   ◇

 温かな唇。
 穏やかな呼気。
 唇で触れて確かめて、思わず、開いたそこに舌を滑り込ませて。
「ん」
 息苦しげに呻くから慌てて離れたけど、でもまだ眠りは醒めない。
「大佐?」
 顔を覗き込むようにすると、僅かに赤みの増した頬と弾む吐息。
 もう一度、唇で唇を塞げばまた、息苦しげに首を振るう。

 唇を塞ぐと息が出来ないんだ。
 それじゃあまるで……

 引きずり込まれるように、キスを続けた。

   ◇   ◇   ◇

「ん! ん!? んんんーー!!」
「……起こしちまいました?」
 耳まで紅く染まり、涙目で大佐は覆い被さる俺を睨み付ける。
「何なんだ!?」
「いやぁ、息、してんのかなあって思って、つい……」
「『つい』って何だ!?」
「ええ、まあ」
 思わず天井に視線を逸らしたが、大佐の怒りは納まらない。
 思う存分ねぶった唇の上の、潤んだ瞳で睨み付けられても怖くはないが。
 怖くはないが、ついその、エレクトしたモノを押し付けてしまう、男の性が。
「だって唇塞いだら息出来ないなんて、それじゃあまるで、キスの仕方をしらないみたいで……」
「 〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

   ◇   ◇   ◇

 あ〜、マジで痛ぇ。
 あの後、強烈に殴られた。
 流石戦場帰りの実戦の強さで、大佐の拳は俺の肝臓か腎臓辺りに深々と食い込んだ。
 お陰で今朝は血尿……。
 こんな格好悪いこと、誰にも言えねえ。

『それじゃあまるで、キスの仕方をしらないみたいで……』

 天使めいた寝顔の記憶と、ブラックハヤテ号がライバルだという事実と共に、誰にも言えない最重要機密事項。




fin.