踵を鳴らして / くろいぬ
【やおい無しヒューズロイ】



『踵を鳴らして』


『国家錬金術師? あんなものは唯の人間兵器だ。精々捨て駒として働いて貰おうじゃないか』
 エリートコースに乗った軍人達が、高級将校専用クラブで嘲笑混じりに噂し合う。
『ただの道具でおればよいものを、国家資格を取得した瞬間に少佐相当の地位とは片腹痛い。ああ、即席佐官として厚遇してやるさ。それしか使い道がないのだから、最前戦投入でさっさと二階級特進でもして貰おうか』


「……てなことを言われてたらしいな」
「らしいな。自分達の無能振りを棚に上げて呑気なものだ」
 ヒューズはクラブでボーイを務める下士官から、ロイは将校から寝物語にそれを聞かされたという女性から、それぞれ噂を伝えられていた。噂話をしていたという将校が、今まさに会議をしているという前戦の司令部テントを、ふたり並んで眺める。

 士官学校卒業後、ヒューズは中尉として任官し、現在は大尉に昇格している。ロイは初赴任時に大尉、現在は少佐の階級に任ぜられていた。国家錬金術師であるロイは、士官学校在学中から予備として佐官相当の階級にはあったが、卒業後実際の軍務に就くようになると、上からは「錬金術師風情が」と風当たりが強く、また、叩き上げ組からは、階級ばかりが無闇に高いただの新米と扱われた。
 幸か不幸か東部のイシュヴァールの民の内乱は長く続き、ロイは、上にも下にも実力を見せつける機会に恵まれた。

「漸く実際の階級と待遇が一致したんだ。そう簡単に二階級特進なんぞしてやるか。暫く少佐の地位を楽しんで、その後は休まず昇進してやるぞ」
 東部前戦地の乾いた風が渡る夜。明かりの漏れるテントが並び、そのうちのひとつに背中を預けて地面に座る。支給品の煙草に火を着けたヒューズが、夜空を見上げて問う。
「どこまで狙う気だ?」
「てっぺんに決まってる」
 迷いの無い返答にヒューズは笑った。
「お前の野望がでかきゃでかいほど、作戦に同行する俺の功労も評価されて、昇給も早くてありがたいがな! 明日は頑張りドコロってとこか?」
 笑いを納め、一転厳しい目つきでヒューズは地図を広げた。イーストシティを遥か離れた辺境の地。イシュヴァラ神を崇める民の地の測量地図だ。
「街道沿いのこの村に、叛乱組織の主立った部族が住む。アタマを叩くのが一番手っ取り早い」
「当の部族の中心人物とやらは、確かにここにいるんだろうな」
「ああ。信心深くてカリスマ持ちの豪族の当主だが、過去大病を患っている。セントラルから継続的に医薬品を取り寄せていた、その裏が取れた。イシュヴァールの内乱の船頭取りの重要人物が、今この村にいる」
 ヒューズは地図の一点を指さした。鉄道路線も商業施設も何もない、広がる荒野と険しい渓谷だけが等高線に現れる地図に、小さな村の境界線が印されていた。

「古くから続く一族の長だ。部族同志の諍いも、その男が赴けば丸く収まる。誰もがその男の言葉なら信じ、自分達の運命を預ける。その男が、ここにいる」
「『村ひとつ焼き尽くせ』か……。従うしかないのだろうな」
 ヒューズの指さす先を見ながらのロイの声に、微妙な成分が混じる。
「この作戦に焔の錬金術師が駆り出されたのは、お前さんの錬金術が派手だってことも理由のひとつだからな」
「組織のトップも、その人脈も、武器も。村人全員を戦闘員と見なして壊滅させる。イシュヴァールの民の戦意そのものを焼き尽くせと」
「戦争なんて、如何に効率的に敵を殺すかだからな。最も人望のある敵を標的にするのは当然だ」
「ヒューズ、お前がその人物特定の為に情報収集したのは、皆殺しの為ではなかったのに」
「講和の場を持つべきだという進言は通らなかったようだな。情報だけが吸い上げられ、意見は却下。ま、こんなもんだろーよ」
 その瞬間、ロイとヒューズの眺める司令部テント内部で笑いが巻起こった。作戦の敢行の前に、既に勝利を確信しているらしい。
「奴らも焦ってんだろ。国家錬金術師達に労を執らせ、功は全て上でかっさらう気だ」
 ヒューズは風に煽られる中煙草に火を着けようと、苦心しながら言った。
「ある程度戦線拡大しなきゃ手柄の立てようもないからな。さっさと講和が成立したり、ぽっと出の錬金術師達の手品みたいな技で戦争が終わっちゃ、奴らの出る幕がない。国家錬金術師を道具として操る手段こそが、奴らの見せ場だ。 ―――― 素直に操られるような錬金術師ばかりだと思ってたら、とんだ見当違いだがな」
「それは私のことか?」
「俺ぁ小市民なもんでな。こんなに謀反気満々な国家錬金術師の知り合いなんざ、お前さんひとりしかいねえんだよ」
 ヒューズの苦笑する唇から風に吹き飛ばされる紫煙を、ロイは目で追った。

「講和案を上に蹴られた以上、現場で作戦遂行する側としては、派手に花火をあげるしかないのだろうな」
「そうだな。相手が戦意喪失するくらい力の格差を見せつけてやるのが、一番の早道だろう。出来るだけ殺さずに済むように、初っ端に ―――― 徹底的に殺せ」
「ああ」

 戦禍を出来るだけ広めまいと、イシュヴァールと接点のあるセントラルの施設を駆けずり回って情報を集めた男が、情報から導き出した和平案を軍上層部に進言し、突き返された上官に言った。
「お前さんの圧倒的な力を見せつけて殺し尽くせ」
 殺さぬ為に殺せという、正気ではない意見を。
「そうだな」
 焔の錬金術師は肯定した。

「こりゃもう、オフクロには顔向け出来ねーな」
「生き残りさえすれば、さっさと結婚でもして子供をわんさと作れば赦して貰えるさ」
「お前に皆殺しを唆しておいてか? ……その気になれたらな」
 軽い口調の最後の言葉が、絞り出すような響きを帯びる。
「なるさ」
「お前他人事だと思ってるな」
「当たり前だ。他人の家庭の平和など、私の知ったことか」
「お前なあ、ロイ」
「ん」
「ロイ。すまん」
「お前が集めた情報を活かせなかった私の方が、謝らなきゃならんのじゃないのか?」
 目も逢わさずに。
 ヒューズの指先に摘まれた煙草のフィルタが、噛み締められて潰れているのをロイは眺めた。
「思い通りにはならないものだな」
 力無い指先から、ロイは煙草を奪った。眉を顰め、鼻に皺を寄せながら煙草を咥えるロイにヒューズが問う。
「お前吸わないんじゃ?」
「こんな苦くて煙くて臭いもの、正気の沙汰では吸わんさ」


 明け方。イシュヴァールの地に暁の光が滲み始める寸前に、地上から天へと遡る巨大な焔の柱が出現した。焔の錬金術師の仕業を高みの見物をしようと、村落から程離れた高台で銀の双眼鏡を覗く将校の、文字通り鼻先に烈火の火炎が立ち上った。
 業火の灼熱に前髪と軍服のコートの端を焦がされた将校が腰を抜かす。
「村落の建物だけを焼くのではなかったのかね」
「村を焼き尽くせとの命令に忠実に従ったつもりでしたが。地図上に標された村の境界ぎりぎりまで、草一本残さず全て燃やし尽くしました」
 地図上の境界線ぎりぎりに立っていた将校に向かい、ロイは平然と言い放った。
「作戦完了致しました、サー」
 夜の闇に紛れて村ひとつ飲み込むほど巨大な錬成陣を象るマークを記して歩き、村内を流れる川の水から大量の水素を錬成し大爆発を引き起こした錬金術師は、無表情に報告をした。
 爆焔はあっと言う間に村中を焼き尽くし、一片の灰も残さない。一瞬の高温度に村落の周辺まで延焼しなかったのは、炎上する村の周囲に焔の錬金術師が断熱の為の真空の壁を作り上げた為であったが。
 前髪を燃やした将校の立つ部分だけ『壁』に穴を開けておいたのは、ほんの小さな嫌がらせだった。


 自軍の人的被害を全く出さずに遂行した作戦は、将校がいかに手を抜いた報告をしようとも、焔の錬金術師の手腕とヒューズの情報収集能力の評価を上げた。
「ザマぁ見ろ」
 そう思いつつも、ふたりの辣腕家の願いとは裏腹に、イシュヴァールの内乱は悪化の一途を辿る。報復には報復を。軍も国家錬金術師の戦線投入を続け、戦場は錬金術師の実験場となった。
『思い通りにはならないものだな』
 苦い思いで呟いたその言葉を思い出す度に。イシュヴァール殲滅戦から何年経っても、ロイの眉間には深い溝が刻まれる。
 思った通りの手段を選べる環境を作り上げたいと。もしあの時、自分に自由な裁量を与えられていればと。
「ヒューズ」
「なんだ?」
「私は大総統閣下の地位を狙うぞ」
「相変わらずてっぺん狙いか」
 何の腹芸もなく野望を剥き出す自分よりも地位の高い友人に、ヒューズは心底からの応えを口にした。

「ああ。お前になら幾らでも。お前の下について、幾らでも力を貸すさ」







fin.