| 籠2 / 白猫 |
|
【ハボロイ】 『籠2』 はやくはやくはやく。もうすぐきっとあの声が聴ける。 「何だ、お前これから帰んのか? 今からじゃ最終間に合わねえかもしれねえぞ。もう一晩泊まっていけよ」 親友の訝しむ声に、軽く笑顔で応えてから、駅へと急いだ。 あいつは今頃何をしているだろう。 中央への出張が決まったとき、一瞬だけ翳った蒼い瞳。 一緒に年を越せたらいいですね。 その数日前に、そんな会話を交わしたばかりだった。勿論、自分たちがこの時期、そんなに暇な筈がないことなど判っていた。けれど、ほんの数分を一緒に過ごすくらいは、と、お互い楽しみにしていたのは確かだったから。 すぐに平常の顔に戻って、急ぎの書類をまとめ出したハボックに掛ける言葉もないままに外出した先の花屋でみつけた春色の花。蕩けたバターのような甘い黄色に、ほわほわした金色の髪を思い出して、思わずその場で注文をした。たくさんの色鮮やかな花で埋めるいくつもの花籠に交ぜてたったひとつ、特別なそれを、新年の市が開いたときに部下の元に届けてくれるようにと冗談の様に笑って。 独り淋しい新年を過ごすのは可哀想だからな。 そんなことを言えば、ハボックのこともよく知っている花屋の主人はひどく可笑しそうに笑いながら、いちばん綺麗な花籠をつくると約束をした。あの花籠は、もうハボックの手に渡っただろうか。 あれは、どんな顔をして、花籠を受け取っただろう。 他の誰からでもない、私からの贈り物だと、あれはすぐに気付いただろうか。 たくさんの花籠のなかで、それが特別なのだと、あれはちゃんと気付いただろうか。 汽車の窓の外は真っ暗闇。少し曇った硝子には、微かに自分の影が映るだけ。 ああ、早く帰りたい。 もうずっと、こんな風に思ったことなど、なかったというのに。 車内売りから買ったばかりの熱い珈琲をそっと啜る。汽車で食べてね、と渡されたグレイシア手作りのクッキーもマドレーヌも寒さを忘れさせるほどに、甘くて優しい。 ねえ、ローイ。あなた、とっても優しい顔になったわ。 久し振りに再会して暫く会話をしたあとで、嬉しそうに囁かれた言葉。 素敵なひとでもできたのかしら。 くすくすと笑ったグレイシアの瞳は、まるで全部知り尽しているようで、なんだかとてもくすぐったくて。 金色の犬さんのぶんね、と可愛らしい花柄の紙袋にいれたクッキーを渡してくれたエリシアには、蕩けるような笑顔を向けられた。 そして、いつものように、強く抱き締めてきた親友の腕と。 お前がうまくやってるならそれでいいさ。 いつもはくだらない話と惚気ばかりが溢れる口から洩れたあたたかい声。 どうしようもなく人を甘やかすヒューズ家を想って、思わず笑みを漏らせば、護衛官が驚いたように体を固くするのが視界の端に入る。 ああ、ここにいるのがあいつだったらよかったのに。 年末の忙しい時期に、揃って司令部を留守にすることなどできないと、無理に置いてきたときのあの情けない顔を思い出して、またくすりと笑う。 まるで耳を垂らして項垂れる大型犬のような姿に、もう少しで絆されるところだった。 すぐ戻るから。 こっそり囁いてやった台詞も、ここまで出張が延びてしまえば、何の効果もなくなっているだろう。 さびしいか? 胸の内で問いかければ、くうん、と小さな声が聞こえるようで。 待ってろ。もうすぐ戻る。 もう一度、胸のなかで呟いて、そっと目を瞑る。 あれは、どこで私を待っているだろう。今夜は戻れないだろうと、司令部へは伝えてあった。それでもホークアイは、きっと駅に人を寄越しているだろうから。それなら駅には来られまい。 私の家で、私が帰る時間に合わせて、旨い料理でも用意しているだろうか。それとも、今夜は帰らないとふんで、自分の家でゆっくり休んでいるだろうか。 勿論、その可能性はあったけれど。 (ハボック) それでも。 きっとあれは、私が帰る先に居る。 だから。 早く。 少しでも早く。 今はただ、本当に、家に帰りたかった。 駅に待っていた軍用車でひた走る。 あと少し。 あの角を曲がれば。 「マスタング大佐。部屋に灯りが見えますが」 「ああ。問題ない」 あの声を聴けるまで、あとほんの少し。 ただいま fin. |