| 愛しい人-2 / 白猫 |
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【ハボロイ】『愛しい人』の続き。 『愛しい人2』 「あら、ハボック少尉。まだあがっていなかったの?」 指令室からロッカールームへと向かう廊下で、向こうから歩いてきたホークアイ中尉から不思議そうな声がかけられて、ハボックは足を止めた。 「帰ろうとした矢先に爆破予告電話取っちまって、今まで足留め喰らってました」 瞬時に顔を顰めたホークアイに、慌てて言葉を足す。 「タチの悪い悪戯っスよ。テロでもなんでもなく、ただ軍人がアタフタするのを見たかったっつーオッサンでしたんで。今頃、ブレダがシめてんじゃないスかね」 「そう。なんでもないのならよかったわ。大佐も足留め組?」 「いえ。大佐が帰ってから暫くたってからのコトっすから」 「じゃ、今夜は何もしらずにデートかしら」 苦笑するホークアイに、同じく苦笑で返して。 「帰り際の大佐を足留めさせたりしたら、今頃犯人消し炭ッスね。運のイイ奴っすよ、ほんと」 「本当ね。ハボック少尉、もうあがるのでしょう?」 「はい。えっと、何かご用事で?」 「いいえ、とんでもないわ。病み上がりなのだし、早く帰って休んでちょうだい。遅く迄悪かったわね。呼び出してくれたらよかったのに」 「それこそとんでもないッスよ。あんなオッサンの為に中尉の貴重な休みを台なしになんてさせません」 戯けて軽く敬礼すると、ホークアイの目許が僅かに緩んだ。普段、厳しい顔ばかりしているホークアイのこういう表情は、もう一人の上司の笑顔と共に、おおいに反則だと思う。 「ハボック少尉?」 「あ、すいません。見蕩れてました」 「馬鹿ね。そういう台詞は、これから会う人に言いなさい。待っているのでしょう?」 「…へ?」 「では、よい夜を、ね」 そのまま、司令室に向かって足早に歩き去るホークアイの背中を呆然と見送る。 今の台詞は何だったのだろう。 …知ってる? 「まさかな」 小さく首を振ってから、急いでロッカールームへと足を向けた。 「雪?」 司令部の大き正面玄関を出た途端、ひらひらと舞い降りる白いものに気付いて、思わず掌を差し出した。手の熱に、瞬間で消えてしまう白い結晶。 「寒いと思ったら」 言葉と共に吐き出される息は、真っ白で。ふと、独り、部屋で待つ筈の人のことを思い浮かべる。 (大佐。暖房、ちゃんとつけただろうか) 普段、どんなに寒い日も、ひとたび外に出れば、ぴんと背筋を伸ばして立つ人は、まるで寒さなど、感じていないような顔で町を歩く。が、その実、結構な寒がりなのだということを知っていた。一つベッドで眠る夜、最初は背中を向けている人が、何時の間にか、こっそり寄り添って、冷たい頬を擦り寄せてきたり。まるで抱き枕にするように、腰に腕をまわしてぎゅっと抱きしめられたり。 今、思い出しても、熱が上がるような、そんな光景を思い浮かべた途端、頬が熱くなる。 「馬鹿か、俺は」 少しでもはやく会いたい。それだけを思って足を速めていく。 待っていてくれているだろうか。 随分と遅くなってしまっていた。予定では、3時間は早く帰れる筈だったのに。連絡を入れる余裕もなく、ただ待たせてしまった人のことを思って、胸が痛んだ。 雪は積もる様子もなく、ただ、暗い夜を明るく照らす。静かな夜道に、遠くで聴こえる犬の鳴き声。家々の窓から洩れる灯り。 いつもなら、何事もなくしあわせな町の様子に、ほっとしながら歩くところだった。なのに、今は煙草を咥える手間さえ惜しんで足を急がせる。 この思いは一体何なんだろう。 例えば、愛する家族が待つ家へと急ぐ夫や父親は、こんな風に思うのだろうか、と思って即座に否定する。 そんなワケがない。愛する者が、必ず家で待っていると約束されている者と、自分の思いが同じである筈がなかった。 「なんだかなあ」 ロイがいないかもしれないなどと疑っているわけではなかったが。 (余裕ないよなぁ) そんなもの、あるワケがないけれど。 一瞬だけ、足を止めかけて、もういちど、今度は小走りに走り出す。 一刻も早く会いたい。ただそれだけで。 「大佐っ!」 鍵をあけるのももどかしく、焦って部屋に飛び込んでみれば、そこに広がるのは、見慣れた真っ暗な光景。 「あ…」 いちばん見たくなかったその光景に、体中の力が抜けていく。 もしかしたら、眠っているのかもしれない。僅かな望みを賭けて覗いた寝室にも、求める人の姿はなく、この部屋にロイがいないということを認めるのに、何分もかかるものでもなかった。 「酷いっスよ、大佐」 一緒にいられると思ったのに。 (よい夜を) ホークアイ中尉の声が蘇る。 「ぜんぜんよい夜なんかじゃないッスよ、中尉」 情けない声で呟いたとき。 「…中尉?」 突然背後からかけられた声に、飛び上がるようにして振り向くと、そこには、非常によく解る程の仏頂面で立つ愛しい人。 「大佐っ!」 そのまま、駆け寄って抱きつけば、驚いたように目を見張るロイ。 「な、ハボック! おいっ、何をしてるんだっ!」 「何処に行っていたんスか。もう帰ってしまったのかと思って…」 「お前がいつまでも帰ってこないから、家に酒を取りに行っていただけだ。貰いものが随分貯まって置き場にも困っていたからな」 「そんなもの、言ってくれれば、いつでも俺が取りに行きますから。…あんたが、帰っちまったのかと思って、泣きそうだったんスよ」 ぎゅっと抱き締めれば、一瞬力を抜いたロイが、突然また腕の中で暴れ出す。 「そんな言葉に騙されたりしないぞ。おい、いい加減に離せ」 「大佐っ、ちょっと、大人しくして下さいって。俺があんたのこと騙してどうすんですか。誠意を疑わんで下さい」 「誠意がきいて呆れるぞ。中尉はどうしたんだ」 「…は?」 どうしてここで中尉が出てくるんだろう。 「あんた、中尉んことが気になってるんスか?」 それはかなり捨ててはおけない事態だと思う。 「馬鹿かっ、都合が悪いからといって私に振るんじゃない。お前のことだ。独り言で中尉が出て来る程には、中尉のことが気になっているのだろう?」 は? 独り言? 「なんスか? ソレ」 「よい夜とはなんだ」 ……。 目の前で酷く不機嫌そうな顔のその人が何を言っているかが漸く解る。 「中尉に言われた言葉なんスけど。これから恋人に会いに行く俺に『いい夜を』って」 沈黙が流れた。 「えっと。もしかして、ちょっぴり妬いてくれたんスか?」 「そんなワケがないだろう」 そんなことを言うロイの頬が僅かに赤い。 「すいません、大佐。ちょっとガマンできません」 一応謝ってから、思いきり接吻ける。暫くじたばたと暴れていた腕の中の存在が、やがて柔らかく体を預けてくれるまで。 どうしようもなく愛しい人だから。 いつでも抱き締めていたい。 どうしようもなく愛しい人だから。 いつでも一緒にいたい。 例えば、この人を恋人と呼んではいけないとしても。 いつでも、家で待っていてもらえる存在にはなり得ないとしても。 どうしようもなく愛しい人だから。 「どうしたんだ、一体」 「だって、あんたがいなかったから」 「…ガキか、お前は」 泣きたいような夜に、まるで甘やかしてくれるかのような甘い接吻け。 fin. |