| 愛しい人 / 白猫 |
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【ハボロイ】【18禁】『謝罪』の続き。 『愛しい人』 柔らかな黒髪に、唇を滑らせる。すっかり濡れてしまった白いシャツが素肌に纏わりつくのを見ながら、そっと胸元に手を差し入れて。 「おい」 「はい?」 「風邪はどうしたんだ。ちゃんと寝てろ」 「元気になったって言ったでしょう? せっかくこうやってあんたが来てくれたのに、寝てなんていられるワケないスよ」 「私はお前が倒れてないか確認に来ただけだ。すぐに帰る」 まだ少し拗ねているのかもしれない。ぷいと余所を向いてしまった人を宥めるように優しく撫でながら。 「あんたが来てくれて、本当に嬉しいんです」 「……」 「あんたに会いたくて仕方がなかった。そのために、必死で風邪、治したんですから」 ね。シてもいいですか? そっと耳許で囁いた途端、顔をあげたロイが、呆れたように溜息をつく。 「お前な…」 それから、小さく首を振って。 「とにかく身体を拭いて部屋に戻れ。せっかく治りかけているんだろう? つまらないことを考えるな」 さすがにそんなにうまくはいかないよな。 すっと離れていったロイにちょっぴり切なく思いながら、冷えかけていた身体にもう一度熱い湯を浴びる為、シャワーの栓を捻った。 「何をやってんです?」 浴室から出てきてみれば、ソファにふんぞり返っているかと思ったロイが、手に一抱えの布の山を持って寝室から出てきた所で、不審に思って眉を顰める。 「お前、シーツも寝巻きも替えてなかっただろう」 「え? ええ、まあ。って、大佐、もしかしてシーツかえてくれたんですか?」 あんたが? あまりに驚いたのが気に触ったらしいロイが、僅かに顔を顰める。 「私だって、それくらいはする」 「あ、すみません。いや、でも、ちょっと意外で」 「やたらとお節介な奴が多いものでな。いろいろと慣らされた」 あ、なるほど。つまり風邪をひいたロイに、こうして世話をやく人間がたくさんいるということなのだろう。なんとなくもやもやとした思いを抱えながら、取り敢えず、今度ロイが風邪をひいたときには、何があっても、自分がすべて面倒をみることにしようと秘かに心に誓う。 「どうかしたか」 「いえ。えと、ありがとうございます」 「新しいシーツがどこにあるのか解らなかったんだが」 「ああ。それなら、こっちの棚に…」 普段余り使うことのないものを放り込んでいる棚から、シーツを取り出して寝室に向かうと、汚れたシーツを浴室の籠に放り込んだロイが後ろからついてくる。 その前で、ぱんっと広げた真っ白いシーツが、一度で綺麗にベッドを覆った。 「手際がいいな」 背後から、感心したようにかけられる声。こんなことで感心して貰ったところで、別に何にもならない気はするが。 「俺もいい加減独り暮らし長いっスから」 簡単に応えながら、ふと思う。目の前には、新しいシーツが広がるベッド。裸で腰にタオルを巻き付けただけの自分。そして、傍には誰よりも愛しい人。もしかしなくても、これは、最高のシチュエーションなのではないだろうか。 「ね、大佐」 「却下」 「…まだ何にも言ってないっすけど」 「今、私が思ったことと違うことを言うつもりだったのならきいてやるが?」 「…何もないです」 溜息をついて、そのままベッドに腰をかける。 「つれないっすね、大佐」 「まだ本調子ではない奴が何を言っている」 「もう大丈夫だって言って…」 否定しかけて、思わず口を閉ざす。この人を立たせて目の前に座る自分。普段なら有り得ない、この状態では、何を言っても言い訳にもなりはしない。 「あんたを抱いたら、すっかり元気になると思うんスけど」 「わざわざお前に抱かれる為に来たわけじゃない」 「そりゃ…」 そうでしょうね。 小声で呟くのを、面白いものでも見るかのように覗き込まれて。 「無理矢理押し倒すだけの体力はさすがにないと見えるな」 「そんなことしたら、絶対許してくれないクセに」 「そうか? 結構いつでも無理矢理押し倒されてる気がするが?」 「そんな人を強姦魔みたいに言わんでください。あんたから誘ってくれることなんかないんだから、多少は無理しないと、何にも出来ないでしょうが」 「ハボック? 耳、垂れてるぞ」 「…犬じゃないんスから」 くつくつと笑う声。駄目だ、このヒト、楽しんでる。このまま、さんざん揶揄われた挙げ句に据え膳喰らうのかと、もう一度大きく溜息をつこうとしたとき。 「少しくらいなら遊んでやってもいいぞ」 耳許で囁かれて、思わず顔を振り上げた。 「大佐?」 「構って欲しいんだろう? 何がして欲しい?」 「あ…」 「ハボック?」 すうっと。まるでスイッチが切り替わったかのように、声音が変わる。誘うように煌めく瞳に、絡めとられて。 「…あんたからの、キスを」 漸く絞り出した言葉に、目の前の綺麗な顔が、ふうわりと微笑った。 これはきっとまたこの人の気紛れで。もう一度、と願っても、簡単にかなうことでは決してないけれど。 水分の足りない唇を、ゆっくりと舐められる。蕩ける甘さのキスも、悠長な動きが歯痒くて、こちらから吸い上げようと舌を差し込めば。 「お前は何もするな」 直ぐに離れていった唇からもれる声。 「何もって…。じゃ、あんたが全部シてくれるんスか?」 「お前次第だな」 「…そんなコト言ってもいいんですか? 本気で何でもさせたくなっちまうんスけど」 「だから、お前次第だと言っただろう? せいぜい私の気分を壊さないように気をつけるんだな」 そんなことを言って笑う、誰よりも気分屋な猫。 「あんたに任せます」 「それでいい」 誰よりも尊大で、傲慢で。 もう一度重なった唇が、ゆっくりと移動する。頬から首筋に、そして鎖骨へと這っていく舌。 「痛ッ…」 胸元まで降りた唇が突起に辿り着いて、強く歯をたてる。 「どうした?」 「それは反則っすよ」 「お前はいつだって私にするクセに」 「あんたのはマジでしょう。普通、こういうときは、ちゃんと甘噛みするんです。あんただって、女性相手だったら、本気で噛んだりしないでしょう?」 「当たり前だ。だが、お前に手加減してやる義理はない」 「あのね…」 そしてまた笑う声。何時の間にか、やたらと機嫌がよくなったらしいこの人を、わざわざ怒らせるつもりはなくて。 「じゃ、いいです。でも、ちょっとくらいは加減して下さいよ」 「煩い奴だな、ったく」 呆れたように呟いたロイが、目の前に跪いて、ぶるんと頭を振った。その様が、なんとなく真っ黒な艶やかな毛皮をぶるぶるっと振るブラックハヤテ号の仕種を思い出させて、つい顔を綻ばせたとき。 「っわッ…ちょ、大佐っ」 腰に巻いたタオルを何でもないように外されて、思わず腰を浮かせかける。 「ったく。本当に落ち着きのない奴だな。今度は何だ?」 「何だって、あんた。そんなもの突然外さないで下さいよ」 「何故だ。外さなくては何もできないだろう?」 「そりゃそうっすけど…」 如何せん、体勢が。 ベッドに腰をかけた自分の前に跪くロイの視線は、自然、まっすぐにソレに向かう。ここまでの煽りに、すっかり勃ちあがるソレを、数十センチの距離で晒させられては、落ち着いていられる筈がないというのに。 「元気だな」 「だから元気だって最初から言ってるでしょ。今すぐにだってイれられますよ」 「イれられに来たわけではないと言っただろう」 「そんなはっきり否定せんでも…」 思わず苦笑したとき、不意にソレにかけられる指。 「たっ…」 「いい加減に黙ってろ」 普段、白い手袋に包まれて、その二つ名が示す焔を生み出す為のその指が、今は此処で滾る熱に絡み付く。ごくり、と唾を呑み込んだ音は、きっとそのまま聴かれているのだろう。 そして、必死に堪えている自分をあざ笑うかのように、ゆっくりと近付いてきた唇が、そのままそっと熱に触れた。 「くッ…」 目を見張って、見下ろした先で、黒髪が揺れる。ちらりと覗く赤い舌先がゆっくりと、まるで味わうかのように蠢いていく。 「たいッ…さ」 震える手をその黒髪に差し入れた途端、生暖かい口腔に含まれて。 「いッ…」 その瞬間に暴発しなかったのが、まるで奇跡のようなものだった。 熱い。 その感覚だけが、脳内を刺激する。歯止めなどきく筈のない欲情が、どくどくと溢れ出す。どうしようもなく愛おしい想いと同時に、このまま押し倒して、滅茶苦茶に犯してしまいたいという願望が込み上げて。 「大佐」 多分、声は震えていたに違いなかった。一瞬、動きを止めたロイが、それを咥えたまま眼差しを上げて、視線が絡む。その瞬間、ロイがにやりと笑ったような気がした。 太股に触れる黒髪。熱に絡む舌。熱い粘膜に包まれて、どくどくと脈打つそれ。無意識に腰を動かせば、僅かに眉を顰める人の表情に、尚も煽られる。 まずい。 さすがに、このまま、この人の口のなかで出してしまうワケにはいかない。 「大佐。もう…」 欠片程しか残っていなかった理性を必死に取り戻して、泣きそうな思いで、それを引き抜こうとした瞬間、強く吸われて一気に脳天まで駆け上がる熱。 「大佐っ、駄目だってっ…」 悲鳴のような声をあげたその瞬間、堪えきれなかった熱がそのまま弾けた。 こくり。 何かを飲み干す音が、やけに大きく響く。 これは、本当に現実なのだろうか。誰よりも気紛れで自尊心の高いロイの行為に、まるで白昼夢でも見ていたかのような気分になる。 「あ…。あの。大丈夫…スか?」 必死になって何とか声を絞り出せば。 「何のことだ」 腕で唇を拭いながら、見上げて来る黒い瞳。 「いえ、だって。大佐、えっと、…飲んじまったでしょ?」 口にするだけで、こっちが赤くなるというのに。 「何か文句でもあるのか」 あまりにも普段通りのロイの態度に、漸く張り詰めていた気が抜ける。 「俺はないっすけど。旨いモンじゃないですし」 「お前はいつも飲むだろうが」 「そりゃそうなんスけど」 「お前にできて、私にできない筈がなかろう?」 そういう問題なんだろうか。不思議に思いつつも、顔がつい綻んでしまうのを止められない。 「何をニヤけてるんだ?」 「幸せに浸ってるんです。だって、まさか、あんたがこんなコトしてくれるなんて思ってもみなかったっスから」 「お前には、シたことなかったか?」 「………」 「ハボック?」 きょとんと、首を傾げる悪魔がひとり。 「……あんたね」 いくらなんでもそれはないだろう。 思わず頭を抱えた自分を見て、さも可笑しそうに笑うロイ。揶揄われた、と気付いて、もう一度深く溜息をつく。 「まだまだだな」 「どうせまだまだっスよ。放っておいて下さい」 この人の一言一言に揺れ動く自分は、さぞ滑稽なのだろうけど。 「あんたなんかに惚れた俺が悪いんスよね」 「なんか、は酷いな」 「なんかで充分でしょう」 「それでも、惚れているのだろう?」 …この人は。 「あんた、悪過ぎッスよ」 「そうか?」 笑いながら立ち上がったロイに、くしゃりと髪を掻き混ぜられる。 「今夜は此処までだ。続きがしたければ、完全に治すんだな。明日は遅刻するなよ」 「ちょ、大佐っ。泊まってってくれるんじゃないんスか?」 「明日は早出なのでね。もう時間がない」 「じゃ、ちょっと待ってて下さい。すぐ着替えますから」 それならばせめて護衛を、と、慌てて立ち上がった自分を、軽く手で制して。 「問題ない。お前はこのまま休め。命令だ」 「大佐…」 「情けない声を出すな。……戻ってきてやる」 「え?」 「多少残業があったところで、夕方には終わるだろう。此処に戻って待っててやるから、さっさと帰って来い」 「大佐っ、それって」 「遅刻したら約束は取り消しだぞ。解ったか?」 「了解です、大佐!」 思わず敬礼した自分に、可笑しそうに笑って。 「ではハボック少尉。いい夢を」 すっと背筋を伸ばして軽く上げた手を額にあてたロイが、そのまま綺麗な笑顔だけを残して扉の向こうに消えた。 「参った」 かたん、と扉の閉まる音を聞きながら、天を仰ぐ。 「完敗っすよ。ほんとに、あんたって人はもう」 (惚れているのだろう?) 「判ってもらえてんならいいッスけどね」 思いが届いていないワケではないのだから。 「頑張るしかないよなあ」 誰よりも愛しい人だから。 取り敢えず、遅刻だけは何があっても出来ないし。 未ださめやらぬ熱の余韻に浸りながら、ゆっくり眠るのもいいかもしれない。 そして明日はきっと完全に治してみせるから。 「おやすみなさい、大佐」 そっと囁いて、それからひとつだけ願う。 あんたが、俺の夢を見てくれますように。 fin. |