怒り / くろいぬ
【ヒューロイ】




『酒場にて』



 ヒューズの目線の真っ直ぐ先に、円形のコルクボードがあった。
 ボードには、白黒赤に塗り分けられた幾つかの同心円と放射状の模様、それに小さな数字が描かれている。
 ボードの正面でヒューズは腰を屈め、慎重な面持ちでダーツを投げるモーションを小さく繰り返した。

「さっさと投げろ」
「馬鹿、ダーツは集中力のゲームだ。てめーが邪魔してんだよ」
「『てめー』だと?」
 ひくり、とロイのこめかみに青筋が浮いたが、直後のヒューズの大袈裟な呻きで落ち着いた。
「だあ! 外れた! これじゃこいつとどっこいどっこいじゃねえかよ!」
「失礼なことを言われたような気がするな」
 そう言いながらロイは直前までヒューズの立っていた場所に替わり立つ。
 ボードから自分のダーツを引き抜いたヒューズが、せせら笑いを浮かべながら、ロイにちらりと目線を遣った。
「ハンディキャップつけて貰ってる分際で」
 ダーツを投げ付ける素振りのロイと、大袈裟に逃げる真似をするヒューズ。
 深夜の酒場。
 洗い終わったジョッキをカウンタに並べる手を止めた店主が、最後の客の姿を見ながら深い溜息をついた。
 ボードは薄汚れ埃やヤニの色が染みついていたが、日々酔客達に愛用されて来たらしく、コルクの面には針穴が目立った。
 ボードとダーツがあれば得意な者は技量自慢で投げるし、好奇心から腕試しで投げたがる者も絶えない。
 カウンタのスツールから面白半分でダーツを投げ続ける者もいる。
 この日のロイとヒューズのように、酒代の支払いを賭けてボードに向かう者も多かった。

「えい。」
 ロイの投げたダーツがボードの縁の針金に弾かれ落ちた。
「またかよ」
「煩いな、酔いでボードが3つに見えるんだ。前に向かって投げてるだけで上出来だと思え」
「おまえ絶対ぇダーツに向いてねえよ」
 ダーツが得意なヒューズは、高得点のトリプルリングの線状の狭い枠に拘っている。
 ロイは当たれば儲けものとボードの中心の目玉狙いだ。
 20と数字のある枠のトリプルリング内にダーツがさされば最高得点の三倍点スコア60、ボードの真ん中の目玉は25、そのまた更に中心の目玉のど真ん中に当たればスコア50点。
 大まかには、持ち点510点からスコアを引いて行きゼロになった者が勝ち。
 シラフであればそこそこの試合になったのかもしれないが。
「あ。」
「おっととと」
 ヒューズとロイ、ふたり揃って足下が怪しい程に酒と親しんだ後でのことで、持ち点が中々変化しない。

「集中力だな、集中力。私にやってやれないことなどない。……とお!」
 ロイが渾身の力で投げたダーツがボードを外れて真横の壁に深々と突き刺さった。
 悔しがるロイの後ろ姿に向かってヒューズは大声で笑う。
「焔の錬金術師、ヒス起こしてボード燃やすなよ?」
 ヒューズの声に、頬を引き攣らせ発火布の手袋を右手に填めておもむろに振り返るロイ。
「わっ!? 俺燃やすなっ!!」
「逃げると苦痛が長引くぞ」
 慌てたヒューズがスツールから滑り落ちた。
 焔の錬金術師は、3人並んでいるように見えるヒューズのうちのどれに火花を跳ばせばよいのだろうかと、小首を傾げて右腕をふらつかせ続ける。

 不意に、ロイとヒューズの合わせた目線を切り裂く銀色の一閃。

「軍の旦那方、閉店なんですけどいい加減に諦めちゃくれませんかねえ」
 カウンタ内の店主の、「けえれ!」との心の叫び込めたペティナイフの一投、華麗にトリプル20のトップスコア。


 


fin.