抱擁 / くろいぬ
【ハボロイ】



『MERRY CHRISTMAS,MR.LAWRENCE』


 その日、大雪が降った。

 年の瀬も押し詰まり、新年をひかえた街は浮かれた人々が早い歩調で行き交っていた。
 東方司令部も等しく慌ただしさの中にあったが、こちらは、悪性の風邪がで流行った為の、射撃練習場の鬼教官から新人の電話交換手、年季の入った食堂のコック達までが人手不足で目を血走らせる、殺気交じりの慌ただしさだった。

 司令官室詰めのメンバーも、他部署の応援に駆けずり回り席の温まる暇もない。
 その日の夕暮れ、他部署に回って不在のフュリーに替わり電信を担当していたハボックが、立ち上がって窓の外を覗きながら言った。
「寒いと思ったらどんどん降って来ますよ。こら本格的に積もりそうですね」
「雪が降ろうが槍が降ろうが、仕事で缶詰の身には同じだ。サボってないで働け」
「へーへー」
 ハボックは、仏頂面でデスクの書類と格闘中のロイの前に廻り、メモの束をばさりと置いた。
「軍司令部の建物の中の俺達には余り関わんないんスけどね、どうやら外はとんでもないことになってるらしいっスよ?」
 書類の上に散らばるメモを取り上げたロイは、眉を顰めた。
「水道局、ガス局、鉄道局、電信所、発電所、交通局……。何だこれは?」
「だから雪ですよ」
 突然の大雪に、市内郊外の公共機関が大なり小なりトラブルを起こしていた。
 いつまで続くか判らぬ大雪に、補修点検の目処すら立たない。
「水道、ガス、鉄道……拙いじゃないか。都市機能が麻痺したらパニックだぞ」
「どうやら今夜は帰れないみたいっスねえ。水道管なんかいかにも破裂しそうな天気だし」
「バカ、もたもたしてる暇があったら各緊急施設に連絡を入れろ!」
 司令部に怒号が飛び交う。

「ライフラインの確保が一番先だ! 市内の交通の状況は?」
「大雪で立ち往生した馬車や自動車が、至る所で路上に乗り捨ててあるようです」
「憲兵隊を交通整備に出動させろ、緊急車輌の通行を妨げさせるな。火災の連絡は?」
「今のところは。消防本部が火災予防の為巡回に動いてます」
「送電線の破損による停電が郊外で起きたようです」
「補修は可能なのか?」
「鉄道の路線点検がほぼ終わったとの連絡が……」

 夜中、司令部内は喧噪のただ中にあった。
 ひっきりなしに続く応援要請の電話に答え続けたロイの声は、掠れ気味だった。
 漸く騒動が収まりかけた明け方近くに、憲兵隊への指示で司令部と市街地との往復を続けていたハボックが、疲労困憊と言った様子で顔を出した。
「大佐、生きてます?」
「辛うじてな」
「俺なんか生ける屍って気分ですよ。凍り付いちゃってもう……」
 ハボックの外した分厚い手袋から氷が溶け落ちるのを見たホークアイが、熱いコーヒーを淹れようと席を立つ。
 しかしその途中で電話の呼び出しが鳴り、受け答えをしながら済まなそうな目付きをハボックに投げかけた。
「私が淹れよう」
「大佐が?」
 目を剥くハボックをロイは睨み付けた。
「私のコーヒーが不安ならば見張っていればいいだろう」
 くるりと背を向けるロイの後を追い、ハボックは給湯室に向かった。

 こじんまりとした給湯室で、ハボックはストーブに手を翳した。
「天国」
 温かさに緩む顔付きの部下にそっぽを向き、ロイはコーヒーのドリッパーに湯を丁寧に落とした。
 ほろ苦い香りが満ちる小部屋で、ハボックは繰り返す。
「本当に天国みたいだ」
「ジジ臭いな」
「温かい部屋で」
 ロイは肩を竦める。
「大佐が俺の為に淹れてくれたコーヒーの香り嗅いで」
「私の腕が不安で見張りに来た癖に」
「拗ねてるあんたの後ろ姿見ながら」
「あのなあ」
 コーヒーの入ったマグカップを持ち、ロイは振り向こうとした。
「天国よりここのが断然いい」
 振り向いたロイの目の前に淡い色の瞳で柔らかく微笑むハボックが立っていた。
 一瞬驚き硬直するロイの姿に、ハボックはいたずらに成功した子供のように口角を上げる。
 寒さの名残の赤い鼻先と頬、その上で細まる瞳の笑顔が無性に腹立たしく感じられ、ロイはぶっきらぼうにマグカップを突き付けた。
「どうも」
 お行儀宜しく会釈しながらカップを受け取る指に触れ、ロイは氷のような冷たさに気付いた。
「大分冷え切っているな」
「街路の雪かきまでしてましたからね。躯の方は結構ほかほかしてんですけど」
 そう言いながらハボックは、カップを両手に包み込み青い瞳を閉ざしてコーヒーを口に含む。
「ああ、旨い……」

 ハボックは壁に背を寄り掛からせ、ロイはミニキッチンに腰を預けて、狭い給湯室で向かい合いってコーヒーを飲んだ。
「どか雪には驚いたものの、市民の自警団が各戸を見回ったりして対応してますよ。老人や女子供しかいない家庭の暖炉の煙突掃除を、ボランティアが買って出たりしてました」
「ふむ。屋根の雪かきなどで怪我人が出なければよいが」
「A街の病院では救急患者受け入れ用に、馬に雪ぞりを曳かせてるそうですよ」
「この雪ではな」
 熱いコーヒーを飲みながらの報告に、ロイはいちいち肯く。
 ひと足先にカップを空にしたハボックは、手早くそれを濯いだ。
「では」
「どこへ行く、少尉」
 大股で給湯室を出て行くハボックにロイは声をかけた。
「サイゴのお仕事、今度は軍の車庫前の雪かきですよ。このままじゃ明け方の冷え込みでガチンガチンに凍り付いて、今出動中の車輌が戻って来た時にエライことになりそうなんで」
「おまえは少し休め、少尉。他の者にやらせればよいだろう」
「そーゆー訳にも行かないんす。みんな寒い中頑張ってヘトヘトですから」
 廊下を歩き出していたハボックが、急に立ち止まって敬礼した。
「行って来ます。コーヒーご馳走様でした!」
「おい待て、ハボック!」
 小走りになりかける度に呼び止められ、ハボックは困ったような表情で振り返った。
「今度は何なんですか」
「私も行く」
「あんたが肉体労働の現場に!?」
「……おまえもホトホト失礼な奴だな!」
 僅かにむっとした顔で、ロイは軍服の襟元を正した。
「誰が肉体労働をすると言った。私を誰だと思ってるんだ?」
「焔の錬金術師……。ああ! 雪を焔で溶かすって訳ですね!」
「そんなことをしたら溶けた水が全部凍って、車庫前がスケート場になるだろうが!?」
 今にも地団駄を踏みそうな様子でロイが怒鳴った。
「いいからおまえは手袋を取って来い! コートを着ろ! マフラーも巻いて来い! とにかく有りっ丈の物を着込んで来い! 私の分も忘れずに持って来い!」
「はい!」
 ハボックは訳も分からず走り出した。

 ひゅうっ。
 司令部を一歩出た瞬間、雪混じりの冷たい風に頬を打たれて、ロイは眼を眇めた。
「これから一番寒くなる時間ですよ?」
 コートを重ね着したハボックが、同じく重ね着のロイの首にマフラーを巻き付けながら言った。
「黙って見ていろ」
 まだ明けやらぬ夜空は暗く、広がる演習場に積もった雪が窓から洩れる明かりに青白く浮かび上がっていた。
 雪を掻き分けて車庫へと向かう、軍支給のコートの黒い影が、厚着で円味を帯びたシルエットであることに、ハボックはつい口の端を緩めた。
「何をしている、少尉! さっさと来い!」
 風の音に耳が慣れれば、普段ならば市場へ向かう荷馬車や自動車の行き交い始める時間だというのに、辺りはしんとした静けさであることに気付く。
 街中が眠っている。
 市の中心部を走る路面やこれから人通りの多くなる場所、学校の周辺では、今も憲兵達が雪と格闘しているのだろう。
 だが大部分の市民はまだ、頑丈な石造りの家に守られ温かなベッドで休んでいるのだ。
 ハボックは冷たい雪の中でそのことに微かな満足感を感じた。
「もうひと頑張りすっか」
 呟く途端にまた、短気な上官に呼ばれる。
「ハボーック!!」
「はいはい」
「はまった! 助けろ!」
 雪の中にすっぽりと半身を埋めて偉そうに人を呼びつけるロイの姿に、ハボックは吹き出した。
 躯も髪も雪にまみれ、掘り出した途端に見る見るそれが凍り付いて行く。
「大佐、戻った方がいいんじゃないですか?」
「いいから黙れ」
 ロイは雪の上に錬成陣を描いた。
 口の中で何かを呟くと錬成光が輝き、ロイ達の足下から車庫まで青白い光が走る。
「あ。」
「溶かさずに除けるんだ」
 錬成された雪の塀に両側を囲われた道が車庫まで続く。
 車庫の扉は、吹き付け、吹き溜まりになった雪に隠されそうになっていた。
「これを全部どかすと結構な体積になりそうだな」
 ロイは車庫から有刺鉄線に囲まれた演習場までを見渡した。
「ハボック。何か思い付いたものを言ってみろ」
 丸いシルエットのスノウマン。
 ロイに問われたハボックはそう答えかけて堪えた。
 全身雪まみれで厚着のコートに着膨れたロイの姿に思い浮かべたものではあったが、口に出すのは憚られた。
「じゃあ。……王様」
 雪に埋もれながら胸を反らして立つロイに、ハボックは囁くように言った。
「王様か。ふん」
 ロイは腕を組み、暫く目を瞑って考え込み、今度は先程のものより複雑な、大きめの錬成陣を雪に描く。
「見ろ」
 演習場が青白い輝きに包まれた。

 ハボックの目の前で、雪の壁がそびえ立ち上がって行った。
 純白の滑らかな壁は、あるところで背伸びをやめ、あるところではつんと尖って更に上へと伸び上がって行く。
「あ……」
 雪の城だ。
 尖塔を幾つも持った優美な雪の城が、乾いた演習場のど真ん中に現れた。
 見れば敷地を囲う塀も雪化粧をし有刺鉄線が隠されており、ポイントポイントには小さな雪の彫像まで飾られている。
「雪の王の城だ」
「うさぎ、きつね、りす……」
 彫像の小さな動物をハボックは数え始めた。
「私だって子供の頃には、雪の王様や森の動物達の出てくる絵本くらいは読んだんだ」
 尖塔の突端が虹色に輝いた。
 東の空が白々と明け、雪雲の切れ間から差し込む朝の光に、雪の城が眩い純白に照り映える。
「どうだ?」
 ハボックの目の前で、寒さに頬を染めたロイが真っ白な息を吐いた。
 自慢げに城を指さすロイの髪に凍り付いた雪が小さな虹色に光る。
「大佐」
 ハボックはロイに腕を伸ばした。
 凍えた躯は咄嗟のことに身動きも出来ず、簡単に腕に囚われる。
「大佐」
「鬱陶しいぞ」
 凍えて震えながら、抱き締められてなお横柄な口振りにハボックは笑い出した。
「あの城、最高」
「自分でも上出来な方だと思う」
 だからもっと誉めてもいいぞ。
 心の声が聞こえるかのようだとハボックはまた笑い、ロイの躯に回した腕の力を強め頬を冷たい頬に押し付けた。
「苦しい」
 お供のうさぎやきつね達に見守られて、スノウマンの王様が不満を延べた。
 冷えきる頬が徐々に暖まり、寒さ以外の理由で染まって行くように思えるのは、自分の気の所為だろうかとハボックは考えた。
 不満を延べながらも、触れた頬が益々擦り寄って来るように感じられるのは?
 ハボックは雪の中で笑い続けた。



fin.








冬の陣でお原稿中のお姉さまお嬢さま方へ
Xmasのなさそうな国のアホみたいにラブいXmasっぽハボロイ
皆様頑張ってくださいませ