欲しいもの / 白猫
【ハボロイ】 18禁



『欲しいもの』



擦れ違ったとき、煙草の匂いがした。
ただ、それだけだった。



「ハボック少尉。これは一体何のつもりだ」
「わかりませんか?」
「中尉に怒られるぞ」
「…そういう問題なんスかね」

部屋中に散らばった書類。確かに、数時間前、帰宅直前のホークアイ中尉が持ち込んだそれは、最早、元の状態に戻すことは不可能だろう。
だが。
この人は、自分が部下である男に組み敷かれている事実は、どう受け取っているのだろうか。
「お前が中尉に謝って、もう一度並べ直して貰うというなら、私は構わないがね」
「まあ、そっちの方は、明日自分がなんとかします」
大佐専用の大きなデスクの上。抵抗する様子のない上官の上着の釦に手を掛けると、僅かに顰められる眼。
「一応訊いておくが。これから何をするつもりだ?」
「何って、この状態からいったら、決まってるでしょうに」
「此処で人を剥くつもりか」
「って…まあ、そうなんスけど。何か不都合でもあります?」
「背中が痛い。デスクも汚れる」
「…じゃ、どうしましょう」
「奥に仮眠用のベッドがある。狭いが此処よりは幾らかマシだと思うが」
「んじゃ、ま、移動しますか」


「慣れてるっつーことですかね」
「このベッドを使うのはお前が初めてだ、とでも言って欲しいのか」
部屋の奥の小部屋に入ると、そのまま鍵をかけて、軍服を脱ぎ捨てる上官に、負けずとばかりに、急いで自分も軍服を脱ぎ捨てる。
「そんなワケないでしょう。あんたの艶聞は掃いて捨てる程、聞いてきていますよ」
「なら構わないだろう。面倒なデスクワークばかりでいい加減嫌になっていたところだ。いい気分転換になるだろう」
「気分転換、ねえ」
思いきりよく、最後の下着迄すべて脱ぎ捨てると、既に何も身につけずに堂々と立つ上官に手を伸ばす。
「まあ、いいです。精々いい気分転換になるよう努力しますよ」
「そうしてくれたまえ」
そして、漏れるのは共犯者の微笑。


「っ…んあッ」
脇腹から臍へと滑らせた舌に、びくんと跳ねる腰。
「いい感度してますね」
「お前が…焦らして…だろがっ」
「そんな余裕があると思いますか?」
余裕なんてある筈がない。この人を抱きたい、そう思ってからこれまで、理性を総動員して堪えてきた。それが、すっかり弾け飛んだのは、あの匂いが原因だった。
「この部屋。煙草、匂いますよ」
「なんだ…と?」
「いえ、なんでもないです。こっちのハナシ」
「くだらんことを考えていないで真面目にヤれ」
「すいません」
思わず苦笑してから、中心で屹立するモノに、舌を這わせると、腕の中の躯が大きく仰け反る。
「気持ちいいですか?」
「煩い。黙って…続けろ」
「あんた、命令ばっかりですね。上官の命令はききますけどね」
そのまま、ゆっくりと含んでいくと、頭の上の方で漏れる切な気な溜息。ふと、目を遣った先には、陰影の奥に半ば隠れた紅色の痕。
「……」
「…どうかしたのか、少尉?」
「いーえ、なんにも」
銜えていたモノを離すと、名残惜し気に揺れる腰。
「おい…まだ」
「次は、こっちです」
そのまま、思いきり足を押し広げて、浮き上がった腰の下に枕を差し入れると、双丘を押し開く。
「おいっ、やめろっ」
「すいませんね。その命令はきくワケにいかな…」
言葉が終わらないうちに、舌を差し入れて。
「ッあ…」
直接の刺激に打ち震える躯に、思わずほくそ笑んで。こんなことは初めてではない癖に。放っておかれて蜜を零す前にも、手を伸ばして、ゆっくりと扱きあげる。
「ん…ッ……」
舌と指で蹂躙するそこは、刺激を受けるうちに、強く求めるかのように絡みつく。
「イれてもいいですか?」
「なっ…そんなこと…訊くなッ…」
「命令、して下さいよ」
「な…に?」
不思議そうな声。
「命令して下さい。イれろって。俺、あんたの命令きくの好きなんスよ」
「ハボック…少…?」
「ね。あんたのシて欲しいこと、なんでもしますから。あんたのいいように、あんたが気持ちよくなるように、あんたが…」
一瞬言葉を切って。
「あんたが欲しいものは、全部俺が…」
何をしようと言うのだろう。大佐が欲しいものは、俺なんかじゃないというのに。思わず唇を噛んだとき、目の前の上官の顔が、驚きの表情から、ゆっくりと変化する。それは、タチの悪い、綺麗な微笑。
「ハボック少尉。私が今欲しいのはお前だ。いますぐイれろ。そして」
滅茶苦茶にしろ。
囁かれた言葉に一瞬目を見張って。
それから、ゆっくりと微笑する。
「仰せの侭に」


獣のように抱き合いながら、今、この人を抱いているのが自分である事に満足する。例え、それが今だけの情事でも、今、この人が求めているのは自分だけなのだと。



嵐のような時間が過ぎれば、すっかり暗くなった辺りと、心地よい倦怠感。煙草を吹かしながら、シャワーがない事にぶつぶつと文句を言い続ける大佐を黙って見守る。
「なんだ。終わったならさっさと着替えて帰るんだな」
「コレ、1本分くらい勘弁して下さいよ」
「灰をその辺に落とすなよ」
「気ィつけます」
さっさと軍服を着込んだ大佐が、目の前で汚れたシーツを取り払い、予備のシーツに代えていくのを見つめながら。
「いつもこうやって抱き合ってんですか?」
「まさか。こんなところでそこまでヤるわけないだろう。非常時にどうなると思っているんだ」
「じゃ、今夜はどういった心境の変化です?」
「お前はどうして今夜に限ってこんなことをしたんだ?」
「あー。そうスねえ。煙草の匂いですかね」
「ぁあ?」
「なんでもないです。たった独りで残業して書類の山に埋もれているあんたに、欲情しちまったってことですかね」
「成る程。これからは、お前が残っている日には、残業をしないよう気を付けることにしよう」
「…そうスね。それがいいです」
もう2度とない。
そう言われた気がして、小さく溜息をついたとき。
「じゃ、後は任せたぞ」
「え? 大佐? 何処へ?」
「決まってる。帰るんだ」
「ちょっと待ってて下さい。一緒に…」
「馬鹿か、おまえは。お前にはやるべきことがたくさんあるだろう?」
「へ?」
「隣の書類だ。明日、中尉が来るまでに、片付けておけ。それからソレ」
ベッドに放り出した汚れたシーツを指して。
「クリーニングルームに放り込んでおくんだな。明日まで、此処に放っておくなよ。全部終わったら、部屋の鍵をかけて帰れ。明日は、私より早く出て来て、鍵を開けて待ってろ」
「…大佐。それ、帰るヒマないと思うんスけど」
隣に散らばる書類を思い浮かべて頭を抱えたとき。
「何の為にこの部屋があると思ってる」
「はい?」
「その為の簡易ベッドだ。帰るヒマがないなら、そこで寝ればいい」
「あんたの残り香嗅ぎながら独り寝しろって仰るんで? どうせなら付き合って下さいよ」
「なんだって私がそんなことをせねばならん。くだらんことを言ってないでさっさと片付けろ」
「へいへい」
溜息をつきながら、小さな灰皿に煙草を押し付けて、床に落ちた下着に手を伸ばす。
「ああ、それから」
扉に手をかけた大佐が、ふと足をとめる。
「此処で同じことは2度とない」
「何も駄目押ししないでもいいじゃないっスか。せっかく余韻に浸ろうと思ってんのに」
もう一度、大きな溜息が漏れたとき。
「此処で、と言ったろう。お前のような奴の相手をするには、此処は少々手狭過ぎるからな」
「…大佐っ、それって」
思わず飛び上がった俺に、冷静な声が返される。
「明日までに書類片付けておけよ」
「大佐!」
ゆっくりと振り向く人の瞳を見つめて。
「俺は、あんたのことが欲しいです」
「私は要らないものはすぐに切り捨てる」
「解っています。それでも、あんたが欲しい」
「そうか。精々頑張るんだな」
そして今度こそ振り向くことなく部屋を出て行く。


これはきっと随分と分が悪くて危険な賭けなんだろう。
あの人に欲しいと言わせることなど、到底無理で。
それでも、自分が欲しいものだけは解ったから。


取り敢えず。
一晩かけて、この部屋に、自分の煙草の匂いを染み付かせてやろうと決心する。



欲しいものは、たったひとつ。






fin.