遙かな場所へ / くろいぬ
【ヒューロイ】




『遙かな場所へ』


 ヒューズの目には何年も前の光景が焼き付いている。

 イシュヴァールの地を完膚無きまでに叩き潰した内戦の、終戦時。
 多大な功労のあった者は、大総統から直接勲章を授与された。
 そのセレモニーの、壇上の親友の姿だ。
 ヒューズ自身も、勝利への功績有りと終戦と同時に昇進をし、祝われる側に列席していた。
 ヒューズは、誰よりも近く親友の晴れ舞台を見られる位置にいられることを喜んでいた。
 決して大柄ではない親友が、軍事最高責任者であるキング・ブラッドレイ大総統の前に進み出た瞬間に存在感を増した。
 艶やかな黒髪と整った顔立ちの中で、野心家の瞳が輝いていた。

「君にはこれからも活躍して貰うことになるだろう、焔の錬金術師」
「閣下の御為にならば、この命を燃やし尽くすまで」
 勲章を授けられた瞬間に交わされた短い言葉を、ヒューズは聞き取った。

「……笑われたよ。面白がられたようだな、野心剥き出しの青二才っぷりを」
 セレモニー会場を退席する途中、ロイは悔しげに言った。
「しょーがねえだろ。大総統閣下に取っちゃ、俺らなんかまだケツに殻のついたままの雛みたいなモンだからな」
「今はな」
 華やかな式典会場から出ればそこは、夜闇に広がる閲兵場を見渡せるバルコニーだった。
 荒涼とした気配に火薬の匂いが漂う錯覚を感じ、ヒューズの眉が心持ち寄せられた瞬間、ロイは腕を前に向け指さした。
「この殺風景な閲兵場に、何千もの兵が居並び祝砲をあげる。私の為に、いつか」
 ヒューズは、晴れ渡った空の下に並ぶ礼装の列の幻想を見た。
 日差しにきらきらと輝く銃剣の剣先、整列した軍人達が一斉に真新しい手袋で敬礼する。
 水色の空にぽんぽんと音を立てて白い煙が上がり、賑やかで快活な軍楽隊の楽の音が続く。
「絶対にそこまで行くぞ」
 何千もの敬礼をぴんと背筋を伸ばした親友が受けるその幻影が、暗闇に立つ現在の親友の姿に重なり、消えた。

「先が長えな、おい。二十年計画、三十年計画か?」
「なに、二十年も三十年も、あっという間さ」
 宿舎に戻りささやかな祝杯を挙げる為に、ロイは踵を返して腕に抱えていたコートを肩に羽織った。
 ふわり、風に広がるコート。
 舞い上がり、ヒューズの目の前で親友の躯に沿って揺れた。



 ヒューズの記憶の中の姿と隣に座る現在のロイの姿とは、180度程趣が違った。
 揺れる軍用ジープの後部シートで、窓から注ぐ日差しを浴びて長閑に眠る。
 ただでさえ若く見える顔付きが、眼を閉じるとまるで子供のようだ。
「大佐、じき到着します」
 運転席の隣からホークアイ中尉が声をかけると、漸くロイは眼を覚ました。
「早いな。……もうちょっと寝ていたかった」
「司令部からずっと寝てたんだ。有能な副官に感謝して、サッサと目ェ覚ませよ」
 眠たげに目を擦るロイに、ヒューズは笑いかけた。

 到着したのは『傷の男』の破壊した下水道路のある路地だった。
 先日の雨が嘘のように晴れ、路面の敷石が眩しい程に陽光を反射する。
「路面陥没の補修に合わせ、この一帯の下水道敷設をもうちょっと拡張しろと市長に陳情する。セントラルのキレ者中佐が一緒だと押しが利くからな。精々エラそうにしていてくれ」
 ロイの指さす車窓の外に、黄色と黒のまだらのロープの側で現場指揮を執っているらしいハボック少尉の姿と、市長らしい、恰幅のいい中年の姿があった。
「お前さんも市長と顔会わせる前に、その涎拭いとけよ」
「なにっ!?」
 慌てて口元を袖で擦るロイを見て、ヒューズが笑った。
「馬鹿笑いなんか市長の前で見せるなよ。行くぞ」
 ロイはジープから降りると、軍服の上にコートを羽織った。

 ふわり。

 続けて降車するヒューズの前で、ロイの回す腕の先から、コートの黒が風をはらんでマントのように脹らんだ。
「そうだ。あの時も」
 ヒューズの目の前に、いつか見た幻が蘇った。
 祝砲の中、何千の声に応える親友の姿。
 未来の大総統閣下の正式礼装にマントがあれば、野心家の瞳を持つ焔の錬金術師には大層似合うだろう。
 何年も前に一瞬思い付いたことを思い出した。

「ヒューズ?」
「今行く」
 もしそれが実現するならば、その時には軍服礼装にマントの正式採用を提案してみようとヒューズは思った。
「理由は『俺が見たいから』でいいよな」
 日差し輝く路地に立つロイの元へと、ヒューズは足を早めた。



fin.