| 花束 / 白猫 |
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【ハボロイ】 『花束』 「大佐? こんなトコで何やってんスか?」 声をかけた途端、驚いたように振り向いたのは、今頃は中央司令部の執務室内でさくさくと仕事を片付けている筈の上司、ロイ・マスタング大佐、その人だった。 久し振りの完全な非番。だが、まる一日の休暇も、半月前に引っ越してきたばかりとなれば、連れ立って遊びに行く友人がいるわけもない。仕方なく、面倒で放ってあった荷物を3つ程紐解いて片付けた後、暇を持て余しながら、市内の散策に出たところだった。街角に停めてある軍用車が、直属の上官の専用車と気付いて、何事かと慌てて走って来てみれば、当の本人は、小さな花屋の前に佇んでいて。 「ハボック? お前こそ、こんなところで何をしているんだ?」 「俺は非番ですから。ちょっと散歩に」 「自慢の車はどうしたんだ?」 イタいところを突かれて思わず口籠る。 「あー、うー、えー」 「また、壊れたのか」 「放っておいて下さい」 東方司令部にいた当時、廃車寸前で打ち捨てられていたものを、頼み込んで払い下げて貰った愛車は、磨き上げ、休暇毎に修理を重ねているにも関わらず、月に一度は機嫌を損ねる。 「アレを払い下げてもらうのには、私もかなりの労力を使わせて貰ったものだが」 そして、意地の悪い微笑み。 「わざわざ中央まで運んできただけ無駄だったな」 「そういうことを言わんで下さい。二度と動かなくなるような気がしてきますから」 「…まだ、動くと思っているのか」 さも、不思議な事を聞いたとでもいう様に首を傾げてから、店先に並ぶバケツから取り出した花をひとつ摘んで、そっと香りを嗅ぐ。本来なら、こういう仕種を男がする事程、鼻持ちならない事はない筈なのに。 (似合う、っつーのがそもそも間違ってるよな) 「どうした?」 「なんでもないスよ。それより、大佐、此処で何をしているんですか?」 「視察だ」 「ンなワケないでしょう。中尉に怒られますよ。また私用で外出したんでしょう」 「私用で車を使うわけがないだろう。市庁舎に行っていたんだ。帰りがけに、市内を視察して回る。なかなか働き者だろう?」 「あんたね…」 それが普通なんです。 はっきり言ってやろうとした時、店の奥から出てきた主人に気付いた。 「ほら、あんたがそんなところに立ってたら、商売の邪魔になるじゃないっすか。こっちに…」 軍服姿の軍人にエラそうに店先に立たれては、さぞ迷惑だろうと、その腕を引っ張ろうとして、煩そうに振り払われる。 「大佐!」 「私は此処に用があって来ているんだ」 「へ?」 見れば、困ったような表情で固まる主人の手には、一枚の薄い紙切れ。 「あんた、もしかして、またデートんときの花束でも頼んだんスか?」 「女性に会うときの礼儀だろう? それくらいの心遣いすらできないから、お前はすぐ振られるんだと思うがね。なんだったら、こんどデートの予定があるときには、一緒に花束を選んでやろうか?」 「余計な世話やかんでくださいっ」 「花を買うなら、中央では、この店がいちばんだ。覚えておくといい」 「だから、大佐っ」 さも可笑しそうに笑った上司が、店の主人から伝票を受け取るのを、溜息をつきつつ、何気なく横目で覗き込んで、思わず唾を呑み込む。 「な、ちょっと、大佐っ? あんた、これ一体…」 伝票に書かれていた金額は、花束どころか、この店中の花をこの1ヶ月毎日買える程のもので。 「あんた、これ、まさか毎日デートに?」 「それでもいいんだがね。残念なことに、さすがにそこまで暇じゃない」 暇ならやるんスか? 突っ込もうとして、思いとどまる。このヒトは、やりかねない。 「では、申し訳ないが、宜しく頼む」 頭を抱えながら、大佐が主人に挨拶するのを、なんとなく見つめる。 「それから、この花は、新作かな?」 手にしていた淡いピンクの花を示すロイに、店の主人の頬が緩んだ。 「はい。今朝初めて仕入れたばかりなんです。まだ、ほとんど市場に出回ってませんから、皆さん、なかなか御存知ないかと思いますが…」 そして、なんだか言う花の名を嬉しそうに告げる主人に、微笑みかけるロイ。 「では、これを花束にして、送ってくれるかな。そうだな、できれば、何か美味しいお菓子でも一緒に」 そのまま、何か話し続けるロイに、なんとなく面白くない思いで、そっと店を出た。 (デートかぁ) 『ロイ・マスタング』といえば『女たらし』という、東方司令部では当たり前だった形容詞は、此処、中央でも、既に定着しつつあった。そんなことを、今更気にするほど子供ではないつもりなのだが。 (恋人でもなんでもないし) 何度となく躯を合わせたとはいえ、それが何かを意味するとは、自分も思ってはいない。いないのだが。 「何も俺の前で、花束贈らんでも…」 「何か不都合でもあったか?」 「うわあああっ」 突然、独り言に、返事を返されて、思わず飛び上がる。 「気配消して近付かんでくださいっ」 「お前な。軍人としてどうなんだ、それは」 「今日は非番です」 「…関係在るのか?それは」 「仕事中に、女性に花束贈るよりはマシです」 「ハボック少尉? 何か怒っているのか?」 楽しそうなカオで。わかってるクセに。 「大佐。あんたね、人が悪過ぎです」 「そうかな。それほどでもないと思うんだがね」 「で、一体あの金額、何なんです?」 「何かおかしかったかな?」 「普通じゃないでしょう。いくらあんたでも。それともなんですか? 一年分の花束代を先払いとか?」 「よく解っているじゃないか」 「…あんたってヒトは」 この人は、こういう人だから。これ以上、何を言うのも、無駄だと気付いて、溜息をつく。 「さっきのピンクの花束。今夜は、その女性と一晩過ごすんですか?」 「ああ…、それは、無理だな」 「え?」 「素晴らしく魅力的な女性なんだがね。私のものではないんだ」 微妙な言い回しに、引っ掛かる。 「…あんた、まさか不倫とかしてんじゃないでしょうね?」 「どうしてそうなるんだ。まったく」 そのとき、道路の向こうに停めてある軍用車から、運転役の曹長が声を張り上げた。 「マスタング大佐、司令部から無線が入っています!」 「わかった、すぐに行く」 そして、小さな溜息がひとつ。 「ほんの少しの立ち話すら出来ないんだからな」 「早く戻らないと中尉に叱られますよ」 「判ってる。お前はこの後ヒマなのか?」 「…仕事しろとか言わんで下さいよ?」 「仕事はいい。そんなものより、旨いシチューでも作ってろ」 「…は?」 「仕事が終わったら、食べに行ってやる」 「ほんとっすか?」 「マスタング大佐っ! ホークアイ中尉からですっ! 今すぐ御連絡をとっ…」 「判っていると言っている、少し待っていろ!」 悲壮な声で叫ぶ曹長に怒鳴り返す大佐の腕を掴む。 「泊まってってくれますか?」 「シチューの出来次第だな」 「任せて下さいっ!」 思わず敬礼した自分に、くるりと背を向けた大佐が、二歩程進んだところで、一瞬足をとめた。 「大佐?」 「花束の送り先だがな」 「え?」 「野郎と3歳の幼女だ。この馬鹿」 そのまま、コートを翻した大佐にかける言葉もなく。走り去る軍用車が見えなくなるまで、見送って。 ポケットから取り出した煙草を咥えて、なんとなく空を見上げると、そこには、綺麗な青空と白い雲。 きっとその場所に、花が途切れることはないのだと。 柔らかな風の中。いつまでも、佇んで。 fin. |