| 離れているときでも / 白猫 |
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【ハボロイ】 『離れているときでも』 「大佐。おかえんなさい」 すっかり夜が更けていた。一年に一度行われる『国家錬金術師』の査定の為に出向いていたセントラルからの帰路。予定していた会議が中止になり、予定を繰り上げて、一日早く戻って来た所だった。 セントラルの駅を出てから一体何時間たったのだろう。途中、アクシデントによる数時間に渡る足留めを余儀無くされ、真夜中になって漸く自分の降りるべき駅に到着した時には、精神的にも肉体的にも、疲労がピークに達していた。帰宅の予定は、明日の昼間になっている為、出迎える軍用車もある筈もない。兎に角、一刻も早く自分のベッドで眠りたい、それだけを心底願って重い足を引き摺っていたのだが。 「…ハボック?」 聞き慣れた明るい声に、驚いて顔をあげると、駆け寄って来た長身の青年が、当たり前の様な顔をして、手荷物を受け取る。 「疲れたっしょ。途中で事故があったって聞いて心配してたんスよ。大丈夫だったんですか?」 何故、こいつが此処にいるのだろう、そんな疑問を口にする間もなく、ずっと一緒にいるかのように会話を始める奴のペースに乗せられる。 「いや、別にたいした事じゃない。線路上にあった障害物の撤去まで、2時間ばかり待たされただけだ」 「ならよかったです。大佐のことだから、ふて腐れて車掌にでも文句言ってるか、そのへんの女性客とうまくやってるかどっちかだとは思ったんすけどね」 こほん。 まるで隣で見ていたかのように指摘されて、思わず空咳をすると、ハボックが小さく噴き出す。 「それでも、セントラルから此処までの長旅っすからね。疲れたでしょう? 向こうはどうでした? 査定は勿論うまくいったんでしょう?」 「当然だ。私をなんだと思っている。そんなことより一体どうしたんだ? 何故お前がこんなところにいる? まさか、司令部に何かあったんじゃないだろうな」 「何にもないっすよ。平和なモンです。大佐がいなくて却って仕事が捗るって、中尉が言ってるくらいっすから」 コイツらは私を何だと…。 今度は口には出さずに、そっと心の中で唱えるに止めておく。 「では、何故お前が此処にいるんだ?」 「迎えに来たんです。大佐がこの列車で帰ってくると思ったんで」 「司令部には、明日戻ると伝えておいた筈だが?」 「でも、今夜戻ったっしょ? なんか、帰ってくるような気がしたんです。俺の勘も捨てたモンじゃないでしょ」 「どうでもいいことにしか働かないようだがな」 「今日はちょっとくらい役に立つと思うんすけどね。こんな時間じゃタクシーだってそう簡単に捕まんないでしょうが」 得意げな顔で示した先には、ハボックの小さな自家用車が暗闇の中、ぽつんと鎮座していた。 「で、なんだって私が、お前の部屋に帰ることになったんだ?」 心地よく揺れる車内で、思わずうとうとして、気付いてみれば、いつの間にやら、ハボックの自室の中に連れ込まれている自分。 「いいじゃないっすか。俺、明日休みなんすよ。朝、ゆっくりできるでしょう?」 「私は休みではないんだがな」 「誰もあんたが今日帰ってることなんか知りませんって。ゆっくり寝て、明日の昼頃出ていっても文句言われたりしませんよ。そんなことより、すぐにシャワーでも浴びたらどうですか? 疲れてんでしょ。一旦、腰を下ろしたら、立ち上がんの億劫になっちまいますよ」 納得いかないことはあるものの、あのまま自室に戻れば、着替えもせずに倒れ込んで眠っただろうことは安易に予測がつく。 「シャワーを浴びるだけだぞ」 「わかってますよ」 「何もしないからな」 「洗ってあげましょうか?」 「ハボック!」 笑い出した奴を放っておいて、浴室に向かうときには、セントラルにいた時からずっと引き摺ってきていた気分の悪さが、いつの間にかすっかり晴れていることに、否応無しに気付かされていた。 「大佐。腹、減ってません?」 「ああ、大丈夫だ」 頭から熱い湯を浴びて、ようやく人心地をつけて部屋に戻った途端、冷えたビールを差し出される。 「えらくサービスがいいな。何か魂胆でもあるのか?」 「疲れた上司を労ってんですよ。素直に受け取って下さいって」 「一体いつから待っていたんだ?」 「仕事終わってからですから、そんなに長くはないっすよ」 嘘つきめ。 ビールで喉を潤しながら、睨み付けると、笑いながら頭を掻くハボック。 「仕方がないでしょう。あんたに会いたかったんスから」 「何をくだらないことを」 「くだらなくないっすよ。離れていると、あんたのことばっかり考えちまうんです」 「馬鹿か、貴様は。つまらんことを考えている暇があったら、仕事をしろ」 「それ、あんたには言われたくないような気もすんですけどね」 揶揄うように笑ったハボックが、ふっと真面目な表情に戻って。 「まあ、これが、ただの出張ならいいんスけどね。セントラルに行かれたときは別なんです」 何気なく呟かれた言葉に、ふと何か普段と違った空気を感じて目の前の蒼い瞳を見つめる。 「ほんとは、今日は、帰ってこないかもって思ってたんです」 「ハボック?」 「セントラルには…」 何か言いかけて、すぐに言い直す奴。 「あんたが帰ってきてくれて嬉しいです」 「別にお前の為に帰ってきたわけじゃない」 「でも、嬉しいです」 (帰るのは明日でいいんだろう?今夜はうちでグレイシアの手料理を食ってけよ) 屈託のない顔で誘いをかけてきた男の顔が不意に浮かんだ。 「大佐?」 誘いを断ってまで、無理して帰る必要などなかったというのに、わざわざ構内を走ってまで飛び乗った列車。 勿論、そんなことを、目の前の男にわざわざ告げてやるつもりなどさらさらないが。 「俺が待ってたのは迷惑でした?」 「迷惑だと思ったら、ついてきていないさ」 途端に嬉しそうに破顔するハボックに、小さく首を振って。 「もう寝る」 「御一緒させて頂いても宜しいですか?」 「私は疲れているんだが?」 「大佐はなにもしないでいいですから」 「…お前は、何をするんだ?」 「あんたが気持ちよく眠る為のコトをなんでも」 「……」 「大佐?」 黙った途端に、心配そうな顔で覗き込んで来るハボックに、不意に、昼間セントラルの街中で見かけた野良犬が脳裏に浮かんだ。 やけに人懐っこいその耳の垂れた大型犬をみた途端、何かを思い出した自分。自分が思い出したものに思い当たって、噴き出しかけたのを何とか堪える。 「大佐?」 「いや。なんでもない。そんなことより」 そして、覗き込んでくる蒼い瞳を、じっと見つめながら、唇の端を僅かに上げる。 「ちゃんと気持ちよくさせてくれるんだろうな?」 「え、あ、もちろんっす!」 飛び上がって最敬礼したハボックが酷く嬉しそうに笑うのに、肩を竦めてみせながら。 「ね、大佐。駅で俺のこと見つけたとき、少しくらい喜んでくれました?」 「馬鹿か」 「…ですよねえ」 お前が待ってることくらいわかっていたさ。 絶対に口にはしない言葉をそっと吐き出して。 fin. |