| desert rose / くろいぬ |
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【ヒューロイ】【イシュヴァール】 『desert rose』 もはやこれは、虐殺だ。 屈強な男達だけではなく、女達も刃を握る為に出払っている。 老人と病人、妊婦と幼児しか残っていないこの村を焼き払っても、戦況になんら影響はないのだ。 『妊婦はやがて赤ん坊を産み、幼児は少年となり、老人達の呪詛を聞かされ凶悪な戦士に育つのだ。災いの芽を遺してはならん。第一きゃっつら全員を捕虜として捕らえるには、我らの兵糧は心許ない。きゃっつらを養う為の補給部隊など我々は持ってはおらんのだよ』 民族の根絶やしということが、こんなにも簡単に行われるとは。 私はあした、小さな村を焼き尽くす。 「錬成陣を作り、術を発動させる。炎上させる対象の規模や面積体積を調査、計算し、それを燃やし尽くすのに充分なだけの炎と熱を生み出す正確な構築式を練り上げて、後は術を発動させるだけだ。剣を振るって敵の肉や骨を断ち、断末魔なり今際の際の呪詛を吐きかけられるなりする方が、マトモなヒトゴロシなのだろうな」 独り言のような呟きにも、ヒューズは几帳面に返答をする。 「国家錬金術師を矢面に立てて、支援部隊とか言ってる俺達は更にヒトデナシだよな」 「ヒューズ」 振り向けば、地図に顔を伏せていたヒューズが目を上げて、唇の端の角度を変えて笑顔を作るところだった。 「すまない、詮無い繰り言を聞かせた」 「いんや、いいさ。殺人を犯す前に高いびきするようになられるよりは、よっぽどマトモで安心出来る」 「ヒューズ」 「信じられないのは、あれだな。この作戦の立案者の将軍殿が命令するだけしておいて、特別誂えの居心地のよいテントでぐっすり眠って、目覚めの朝食には血の滴るようなステーキを食ってることだよな。……知ってっか? うちの部隊の食事のスープは、将軍の為に連れて来られた気だてのいい雌牛達がステーキ肉になっちまったお余りで出来てんだとよ。専属コックが一等良い部分の肉を切り取って、その後は煮るなり焼くなり好きにしろって下げ渡し。将軍閣下のお牛様の為に干し草積んだトラックが何台も、乾パンと缶詰のトラックの後ろに付いてるんだと」 「どの程度割り引いて聞けばいいんだ?」 「さあな?」 さあ? そんなことはどうでもいいんだ。 作戦を押し付けてくる上の連中が一番のヒトデナシだと思えれば。 「なあ、作戦は明日だよな」 「ああ」 「おまえが術を発動させるまで俺達の小隊が前後を固める。安心して、寝ろよ?」 「ああ」 言った方も応えた方も、互いがぐっすり安眠出来るだなんて思ってはいない。 その日は、砂漠の砂で星も見えぬ夜空を天蓋に、薄っぺらい毛布を躯に巻き付けて眠った。 軍用トラックの後ろに繋がれた雌牛の列に、一緒に繋がれ引き回される夢を見たなど、笑われるので誰にも言えなかった。 雌牛の列から無理矢理引き出され、真っ白い帽子を被ったコックが牛刀を振り翳すのに悲鳴を上げた瞬間に目覚めたなどとは更に……。 錬成陣を手早く描き、焔舞う錬成術を発動させた。 酸素濃度を調整し、日干し煉瓦や土壁の家の中まで火花を飛ばして、食料や燃料を発火させるのだ。 「あ、ああああああああ!!」 突如炎の上った家屋から、片手で赤子を抱き、もう片方の手で幼児の腕を肩が抜けそうな勢いで引っ張り飛びだす、若い母親。 悲鳴を上げつつ、老人に肩を貸して必死によろけ走るか細い少年。 もとより判っていたことであるが、この村には女子どもと老人しかいない。 狭い路地から私の目の前に飛び出した別の少年が、紅い色した瞳を見開き、身を硬直させた。 「焔の悪魔……!」 喉から絞り出すような声で私を呼び、そして、ベルトの腰から震える手でナイフを抜いた。 「おまえの所為で俺達の村は……」 指の血色が失せる程強く握り込んで構えたナイフで、私の心臓へのひと突きを狙い、駆けて来る。 突き込まれても、軽くはね除ける自信はあった。 だが、自分の躯の反応が常になく緩慢であるという自覚もあった。 そんなに真剣になって避けなくてもいいんじゃないか、少し面倒臭いような気もするし。 少年のナイフの白っぽい輝きが目の前に近付くのを、他人ごとのように感じながら見ていた。 「馬鹿野郎ッ!」 ヒューズの声がした。 私が怒鳴りつけられたのだと判った時には、少年の眉間に見慣れたダガーが突き立っていた。 「勝手にふらつくな! 俺達が守ると言ったろう!」 村外れの作戦実行地点から速やかに後退、北へ約1キロメートル移動した岩場から村が焼け落ちるまでを監視、作戦の完了を確認し撤退する筈だった。 だが私は、自分の放つ焔を目の前で確かめたくて、ここまでひとり抜け出だ。 これは、この目で見なくてはならないものだ。 「俺らが前後固めたって、当の本人が単独でノコノコ出歩ってたら守れる訳がねえだろう!」 仰向けに倒れた少年から、ヒューズはダガーを抜き取った。 銀の刃の先端から深紅の雫が飛び散って、落ちて砂に吸われて行った。 砂上に点々と落ちた小さな染みを眺めていると、急にヒューズに両肩を掴まれた。 爪が食い込むほどに強く掴まれ揺さぶられる。 「勝手に死ぬなんてこたァ許さねえ。俺は何が何でもおまえを生き延びさせるぞ」 「何の為に」 爪痕がきっと紫色の痣になる。 ヒューズの腕の力が弱まり、急に優しい声がした。 「俺の為にだよ。俺ァ軟弱なもんでな、ヒトゴロシにも大義名分が必要だ。おまえを生きて帰らせる為になら、何でも出来るし俺は死なない」 優しい優しい猫撫で声で、冷たい目をしてそう言った。 薄い緑の瞳が冷えた光を放つのを、正視出来ずに目を伏せた。 背中に腕を回されて、抱き寄せられつつ少年の亡骸に目を落とす。 「おまえが立ってる限り俺は死なねえ。おまえが闘う意味見失ってそれでフラフラしてるってんなら、今は俺の為に生きろ。俺の為に砂粒が膚を叩くこの砂漠で命汚く足掻け。おまえの命全部俺のものだ、勝手に死ぬなんて許さねえ」 ぱっくり割れた額の傷は、あっという間に乾いて赤黒い血液が凝固して行く。 あんな風に乾いた砂上に倒れるのは私かもしれなかったのに、ヒューズがそれを逆転させた。 「判るか? 俺を生かしたければおまえも生き延びなきゃならないんだよ」 「とんだ詭弁だ」 「いいや、大真面目さ」 「互いが生きる為に殺し続けなきゃならないのか。そんなマトモじゃない生き方しか俺達にはないのか」 「ロイ」 がらがらと、どこかで家が崩壊する地響きが伝わって来た。 吹き上がる炎の熱が頬を灼いた。 紅いフィルタのかかる視界に、ヒューズの冴えた瞳が大写しになる。 「ヒュー……!」 項をぐいと引き寄せる掌も、押し付けられた唇も、乾いて皹が割れていた。 血の味の滲む唇に割り込み入った舌が濡れて熱かった。 「ロイ、正気の沙汰じゃねえけどな、俺にはそれで充分なんだ。おまえが軍の狗である限り、錬金術師として利用され苦しみ続ける。俺は誰より傍でおまえを守る。守り切る。その為なら何だってする、その為ならば何だって出来るんだ」 「ヒューズ、やめろ」 「聞けよ」 きつくきつくヒューズの腕に締め付けられて、肋も肺も悲鳴を上げそうだった。 ヒューズの声を耳と躯全体で受け止めて、それが震えていることに気付く。 「……なあ、俺はとっくに俺達の将軍閣下よりもイカれてるんだ。……言ったことがあったっけ? 俺は何時でも甘い夢見る。おまえが苦しみ眠れぬ夜も、俺はそんなおまえを守り続けていることに充足し、途切れ途切れの眠りに蜜より甘い夢を見る」 囁くようなヒューズの声の他は、劫火の立てる物音しか聴こえなかった。 「俺が手を汚せば汚す程、おまえは俺に縛られる。ロイ、俺は今、誰よりもおまえに近い場所にいる」 ヒューズがうっとり笑み浮かべ、接吻けをまた私は受けた。 『……疾っくにイカれていたんだよ』 「おい、ロイ。彼女がホークアイ曹長。おまえさんがイシュヴァールの村落に向かうのをスコープ越しに発見したうちの凄腕新人だ。射撃のコンテストでは名が知られてるらしいから、ヨソから引き抜きされないように気ィつけろよ」 「……女性だったか」 「リザ・ホークアイです」 陣に戻れば、私の単独行動をいち早く発見したという兵士と引き合わされた。 「すまない、ファミリーネームの印象が強かったもので。これからも宜しく頼む」 「職務上必要と思われたことをヒューズ少佐にお伝えしたまでのことですので」 くすんだ金の短髪の前髪が敬礼で隠され、その影から特徴のある強さの瞳が私を見返した。 兵士達の間に戻る為、きびすを返す間際にもういち度、探るように見つめられる。 ホークアイ曹長が立ち去った後、ヒューズは私の肩に、テーブルに載せるように肘をのし掛けた。 「おまえともあろう者が数少ない女性兵士を見逃してたとはなァ」 「随分と華奢な少年兵がいるとは思っていたんだ。あの見透かそうとするかのような眼光は印象深い」 「得難い戦力になりそうだがひと筋縄では行かない相手みたいだな。彼女にじっくり見極めて貰うまでは、暫くオトナしくしてろ」 「見極める?」 砂塵で頬を汚してなお輝く瞳を持っていた若い兵士が、私などに何を期待するというのか。 「自分の放った焔に吸い寄せられるみたいに死にそうな目ェしてよろぼい歩く上官なんざ、滅多にいねえだろ。よく見て貰うしかねえだろ?」 私の中に見るものがまだ残されているのだと? 「さあな?」 ヒューズは天を向いて笑い、肩を竦めた。 さあ? そんなことはどうでもいいんだ。 愚かなヒトデナシだろうが、自分の生命賭けられる者ならば構いはしない。 砂漠に零した紅い血が、熱を吸った砂の上で乾き花びらのように固まった。 紅い花びらを、ただまき散らすしかなかった。 宗教上の諍いから起こった内乱の鎮圧と言われたイシュヴァールの乱が、自軍将校の子ども殺しに端を発していたと兵士達の口にも上るようになって行ったあの頃。 触れるだけで壊れて行く花びらを砂漠中に拡げて行くしか、その時術を持たなかった。 fin. |