| day by day / 白猫 |
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【こどもヒューロイ】『もしもヒューとロイが幼馴染みだったら』な同盟さんへ愛を込めて。 『day by day』 神様のいる場所で、僕らは恋をした。 「ローイ」 教会からの帰り道。田舎の村の外れにある家に向かって歩く砂利道で、そこまで一緒に歩いてきた先生と別れた途端に掛けられた声。あまりに予想通りな展開に、僕はそのまま黙って足を進める。 「おい、ロイ。待てって」 道端の茂みから飛び出してきた奴が、砂埃をたてながら駆け寄ってきて、ひょいと顔を覗き込んだ。 「なあ、ロイ。…お前、もしかして怒ってる?」 「怒ってないと思っているのか?」 「怒ってなければいいなあとか…、なあ、ちょっと待てってば。そうだったらいいなーって言っただけだろ」 そのまま歩き続けようとした僕の前に立って、困ったような表情を浮かべた友人を睨みつける。 「マース。お前、今日は必ず行くって約束しただろう。お前は絶対に来るからって先生に伝えてやったのに」 日曜日の教会で、礼拝後に行われている個人授業。元は授業についていけない生徒のための時間だったのを、先生が都会から取り寄せる本目当てで通うようになって数カ月がたっていた。田舎にいては、到底手に入れることなどできないような本が次々届くのは、先生の友人が中央にいるおかげだ。僕が通うようになってから、月にいちど先生の元に届く荷物のなかに、大人の為の専門書や小さな子ども向けの絵本だけじゃなく、中央の学校に通う子どもが使うような学習書やもっと上の学校を目指す子ども達のための参考書等が混ざるようになったことに気付いてからは、この日が週にいちどしかないということがもどかしいくらいだった。 「お前だってきちんと通えば、もっといろんなことを知ることができるのに」 「まあなあ、それもいいんだけどなあ」 普段から遊んでばかりいるようにみえて、実はとても賢いこの友人も一緒に通えば、どれだけいいだろう。そう思って何度も誘っているのに。 (日曜日の朝って結構忙しいんだよなあ) あさっての方向を見ながら、そんなことを言っては、毎回サボる口実を探す友人。 「お前のために、先生は30分も待っていてくれたんだぞ」 「あー。それで遅かったのか。どうせ、お前がまたワケのわからない質問をして困らせてるんだろうと思ってた」 「…マース」 (今日はもうヒューズくんは来ないようですね。何か急用でもできたのかな) 申し訳なさそうな顔で帰り支度を始めた先生の前で、僕がどんなに恥ずかしい思いをしたか、コイツには、まったく解っていない。 「退いてくれないか。通れない」 目の前に突っ立ってるマースを睨んだまま告げれば、さすがに僕の機嫌の悪さに気付いて、頭を掻く。 「悪い、ロイ。今日はほんとに行くつもりだったんだけどさ。朝、家を出ようとした途端じいさんに呼ばれて畑の水やり手伝わされてたんだ」 「じゃ、終わってから来ればいいだろう」 「終わってからは、クロイノとミドリメの散歩。あいつらデカくなりすぎちまって、じいさんでは引っ張られて大変だっていうからさ」 マースの家にいる二頭の番犬の名前に、軽く眉を顰める。僕がこの村に来た頃には、クンクンと鳴くばかりの子犬だった黒と茶の綺麗な毛並みの大型犬は、今では立ち上がると大人の男の人よりもずっと大きい。いくらマースでも、クロイノとミドリメが本気で引っ張れば、かなうワケもない。 「クロイノとミドリメには、お前だって引っ張られてるクセに」 「うるさい。おれはいいんだ。あいつらに引っ張らせてやってんだから」 「それなら、じいさんだってそうだろう?」 「じいさんは引っ張られてんの。全然ちがうだろ。それくらい解れよ」 そんなもの、解ってたまるか。 「なあ、ロイ」 視線を合わせないようにする僕を、真正面から覗き込んだマースの声。 「ローイ」 甘えるような宥めるような声で呼ばれて、心の中で溜息をつく。 この声をきくと、甘やかしてしまいたくなるのは何故なんだろう。 「マース」 ゆっくりと視線を合わせれば、神妙な面持ちのマースと目が合う。 「明日、ちゃんと先生に謝れ」 「ああ。朝いちばんで学校まで行って、黒板と教卓とお前の机に雑巾かけるさ」 「そんなもの…」 呆れて首を振れば、マースが嬉しそうに笑った。僕のなかで、もう怒る気持ちなんてどこかにいってしまっていることを、こいつはよく解っている。 「ごめんな、ロイ」 そのうえで、きちんと頭を下げるのは、正しいことではあるけれど、やっぱり反則だと思う。黙って歩き始めた僕の隣にまわって、肩にぽんと手をかけたマースが、一緒に歩き出した。 「で、今日はなにを勉強したんだ?」 「錬金術」 「は?」 「錬金術の本があったんだ。自分で使えたら凄いだろうと思って。先生の本だったから、全然解らなかったけど」 「お前ならすぐ解るようになるだろ。な、使えるようになったら見せろよ。すっげえよな、あれ」 「お前、錬金術見たことあるのか?」 都会ならともかく、ここで錬金術を実際に見たことがあるということに驚いて訊ねれば。 「ああ、3つくらいの頃かなあ、夏祭りにたまたま遊びにきてた錬金術師が花火あげてさ。すごかったんだぜ。空いっぱいに広がって、どっかーんって大きな音がして。となりのばーちゃんなんかお祈り始めちまうし、じーさんは、くだらんって怒ってるし」 くくっと笑うマースが、ひどく嬉しそうに見えて、その意外さに思わず目を見開くと。 「なんだよ、何かおかしいか?」 「だって、お前なら、そんな子ども騙しって、絶対言うと思ってた」 「あれはほんとにすごかったんだって。あー、お前にも見せてやりたかったなあ。ほんとに綺麗だったんだぜ」 「…ふうん」 「ロイ、お前は? お前、錬金術見たことあんの?」 何気なく問われて、さり気なく答える。 「ずっと前に、家で」 「…ああ」 僕が、そういう言い方をするときの『家』は、この村の家じゃなく両親の住む家のことだから。そこを良くは思っていないマースは、いつも少しだけ苦い顔をする。 「な、そんなことよりロイ。お前、このあとヒマか?」 あっという間に話を変えたマースに苦笑しながら。 「お前とちがう。ひまなはずないだろう」 「ばあさんは反対のことを言ってたけどなあ」 「…お前、家に行ったのか?」 こんどの『家』は、祖母と一緒に住む小さな家のことで、マースの笑顔はそのまま変わらない。 「ああ。じいさんがじゃがいも届けてこいって言うからさ。ほんとは、自分が行きたいんだよな、あれ。いまごろ、アイツはちゃんとじゃがいも届けたかねとか言いながら、お前んちに行ってるぜ、絶対!」 儂は生涯現役さ、が口癖のマースのお祖父さんと僕の祖母が、ずっと昔からの、とても仲の良い友人だということは、この村の人間なら誰もが知っている。僕の祖父が亡くなったとき、お節介な連中は、祖母とマースのお祖父さんを結婚させようとしたらしいけれど、それには二人とも笑っているばかりだったと、後から話好きの小母さんに聞いた。けれど、マースのお祖父さんが家に来るたび、祖父の若い頃の写真を見て、長いこと煙草をふかしているのを知っているのは、多分祖母と僕とマースくらいだ。 「きっとまた写真見ながら煙草ふかしてんだぜ」 同じことを考えていたらしいマースが、にやりと笑う。 「だからさ。お前が帰ってもきっと邪魔なだけだろ。ばあさんに、お前と川に行ってもいいか聞いてきたんだ。昼までなら遊んできていいってさ。なあ、行くだろ」 太陽の光をいっぱいに浴びたマースの笑顔と、まっすぐに伸ばされた手。 「なあ、ローイ」 小さな溜息をついてから、右手に抱えていた本を左手に持ち替えて、そっと手を差し出せば、嬉しそうに破顔したマースの手が絡む。力仕事をこなすマメだらけの硬い指は、まっくろに陽に焼けて。それに対照的な、白くて細い僕の情けない指。 「どうかしたのか、ロイ」 一瞬、怯んだのに目敏く気付いたマースが、見つめて来る。 「いや、なんでもない」 「おれさ。お前の手、すげー好きなんだ」 「え?」 僕の思い等、知らない筈のマースがはにかんだような顔で笑う。 「柔らかくてきれいだろ」 「女みたいだって言いたいのか」 「そんなこと言ってねーだろ。そうじゃなくて」 そして、少し顔を顰める。 「女みたいじゃないけど…なんていうか…すごく」 「なんだ」 どんなことでも、すぐ口先で丸め込むのが得意なマースにしては珍しく口籠ってから。 「…気持ちいいんだ」 「マース?」 ずっと握っててもいいか? 目の周りを真っ赤に染めて。 おいおい、そういうのは女の子に言えばいいだろう、お前のことを好きな女の子はいっぱいいるんだから。 そんな台詞が一瞬頭に浮かんですぐに引っ込む。 「おいロイ、何を赤くなってんだよっ」 「それはお前の方だろうっ」 一気に頭まで昇った熱を持て余しながら、それでも、握られた手を放す気にはなれない。ぎゅっと握られた手から、マースの体温が流れこむ。 どくどく、どくどく。 ずきんずきん。 どっくん、どっくん。 心臓が鳴る音が聴こえた。 「行くぞ、ロイ」 「え。あっ」 突然駆け出したマースに引っ張られて走り出す。 「ロイ。クロイノとミドリメはもっと力あるんだぞ! お前なんかいっぺんで倒されちまうからな」 笑いながら走るマースは、それでもさり気なく僕の走る早さに合わせて。 「ローイ」 早々と息を切らす僕には返事はできないけれど。 「このままずっといっしょに走るぞ」 まっすぐ前を向いたままのマースに、手を握る力をこめることが、僕の応え。 一緒に走ろう。どこまでも、いつまでも。 僕らはきっと、ずっと一緒にいるから。 丘の上の教会からすべてが見おろせる、この小さな村で。 僕らはずっと恋をしていた。 fin. |