| country road / くろいぬ |
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【エド独白】【ガンガン12月号ネタ】 『country road』 「我々はこれから中央に戻る」 「ああ。オレはばっちゃんちでコレ直してから戻るよ」 右腕に装着した機械鎧の、殴られ凹んだ部分を指先でつついて示すと、少佐は短く「ああ」と言って苦笑いをした。 アームストロング少佐とブレダ少尉の汽車を見送りもせず、オレはばっちゃんの家へと道を辿る。 今まで何百回も何千回も通った道を、久々に歩いた。 リゼンブール。 オレ達の生まれた村。 豊かではないが、緑と水に恵まれた長閑な場所。 オレ達を育んでくれた優しい空気のある場所。 ─── オレ達が家を燃やした、もう戻れない場所。 砂利を踏みしめる足音が右と左で違うことなど、この村の誰も気にもしないけれど、でもそれはオレの耳にははっきり届き、常に思い知らされる。 生まれた時の全き姿にオレとアルが戻れる時まで、この村に本当には帰らないと誓った。 誓いを貫き通す為に家を燃やした。 それなのに心は時に揺らぎ、時に時間を逆行するようにここへと戻りたがって啼く。 この場所に育まれた躯と心が、懐かしがって軋みをあげる。 甘くしっとりとした懐かしい空気を肺の隅々にまで吸い込んで、大地に腰を下ろし、萌える緑に掌を触れながら横たわり、躯を休めたい。 土と草の匂いを嗅ぎ安らかだった頃を思い出して、再び歩き出すまでの糧にしたい。 止めどなく沸き上がるこの願いを抑えるだけで精一杯。 一度腰を下ろしたら、二度と立ち上がれないかもしれないと、もしかしたら立ち上がらなくても許されるのかもしれないと、心の奥の奥の闇の方から優しい声が聞こえて来そうな予感がするから。 「今は出来ない」 砂漠で別れた人の顔が思い浮かぶ。 マリア・ロス少尉。 『人を殺した娘を持った親として辛い日々を送ることになると思いますが、仕方ありません』 自分に言い聞かせるように、両親には自分が生存していることを知らせてはならないと言い切ったロス少尉。 ─── どれ程の覚悟をしていたのだろう。 留置場から逃亡して砂漠の隠れ家に落ち着くまでの何日間もの間、迷ったり悔やんだりしたんだろうか。 迷わない筈がない。 あの人に以前、大人をもっと信じてくれと言われた。 その時から、『大人』や軍が何を考え、何をしようとしているのかを判断してやろうと思って来た。 彼らが一体何をしてくれるのか、何を押し付け何を奪おうとするのかを、見定めてやろうと思って来た。 大人の中に、無条件で自分に肩入れしてくれてると信じられる、例えばばっちゃんや師匠や母さんのような味方と、損得勘定でオレ達を利用しようとする、大佐や軍のような、いわば敵のようなヒトタチがいるのだと思っていた。 敵と味方の中間に、ヒューズ准将やマリア・ロス少尉、ブロッシュ軍曹やシェスカのような、安心出来る人達がいる。 損得を抜きにしての関わり、損得を越えてオレ達に関わろうとしてしてくれた人、感情を剥き出しに表してくれた人達だった。 そんな大人達の誰もが、迷ったり苦しんだりすることがあるなんて。 人間なら誰でも迷うことがあるとは思ってたけれど、でも『大人』ならば迷いや苦悩も簡単に越えて、『正解』を選べるのだろうと、思い込んでいた。 大人になれば、簡単に乗り越えられるようになるのだと、信じていた。 「少尉、ごめん……」 ひとをころしたむすめをもったおやとして つらいひびをおくることになるとおもいますが しかたありません 言葉のひとつひとつが、血の涙を吹き出しそうだ。 殺人犯、脱走犯として国を出て、置いて来たもの、離れて来たもの、もう二度と逢えないかもしれないひと達のことを思い続けて、半身をもがれるような苦しみをきっと今も感じている。 それでも『しかたありません』と言い切った毅さに、打ちのめされる。 『大人』になれば強くなれるんじゃない。 ロス少尉のような毅さを持つ大人に、なりたい、なれるだろうか、……ならなくちゃいけない。 不意に全身を風が嬲った。 なだらかに続く丘陵、リゼンブール駅に近付く汽車の汽笛も遠く微かにしか聞こえて来ない。 広がる緑の野に人影はなく、踏み締める道の前方には何も見えず、靴の踵が巻き上げる乾いた土埃が来し方に数秒残ることだけが、自分が前進していることの辛うじての証し。 もう5分も歩けば放牧された羊や農家の屋根が見えて来ると判っている。 広がる草地、遙か上に淡い水色の天蓋、小さく輝く太陽、冴えた空気、細く長く続く路。 慣れて懐かしい大地に立っているというのに、眩暈がする程に広大な世界が周囲に広がっているのだと感じた。 否、自分がちっぽけなんだ。 荷馬車一台分の幅しかない細い道、じきに視界に入って来る筈の家々までの距離。 それっぽっちであるのに。 懐かしくて懐かしくてしょうがないのに。 こんなに馴染んだ空気の小さな村なのに。 中央から鉄道でここまで、馬車と馬で東の涯ての砂漠までも往ったのに。 オレという人間の一歩の歩幅を思い知る。 小さい。広い。 温かい。怖い。 懐かしい。今は戻れない。 休みたい。この大地に横たわってはならない。 故郷の道を歩みながら空気を吸い込み感じていた。 丘の向こうの時計台のとんがり屋根の天辺が視界に入って来た。 近付くまでに、ロス少尉のこと、ロス少尉の親のことを考えていた。 少尉の無事を、両親にはっきりとではなくてもいいから知らせることは出来ないのかと。 せめて、あなた方だけでも彼女を信じていてくれと伝えることが出来たら。 そんな残酷なことを少尉は望まないだろうと判っているけれど。 ヒューズ准将の家で言われた言葉も脳裏に残響する。 納得する方法で前に進みなさいと。 ヒューズ准将が心の羽根を休める居所にしていた女性はそう言った。 その女性が安らぐ場所は、もう、ない。 戻る場所は永遠に失われ、立ち尽くすか歩き出すしかない。 自分の夫の殺害犯は実は他にいるのだと、いつか彼女は知るのだろうか。 誰かが知らせるのだろうか。 オレが? 他の誰かが? 彼女はその時もう一度、苦しんで涙を流すのだろうか。 もうひとり、ひとりきりになって、苦しみながらも無理やり歩き出したのだろう存在を思い出した。 マスタング大佐。 ロス少尉の生命を救いながら、万が一の場合はその命を絶てと命令を出していたのだと。 ことが発覚したら自分の命も危うい、軍への反逆。 『決断』するには迷いも苦しみもあったのだろうと。 「 ─── アンタが一番滅茶苦茶だ。クソ大佐」 自分が追いつめられる方向、追い込まれる方向にしか進めない大人もいるのかもしれないと、ふと思った。 もうすぐ墓地の柵が見えて来る。 ウィンリィのおじさんとおばさんの墓に、イシュヴァラの老婆の言葉をオレは伝えなければならない。 感謝と謝罪とを。 どれ程の苦悩をあの人達は噛み締めて来たのだろう。 ウィンリィには知らせたくない。 自分の両親が救った命が、その命を襲ったのだとは。 ばっちゃんには報せなくてはならないだろう。 自分の息子達の最期を。 ばっちゃんは苦しむのだろう。 幾夜も眠れないかもしれない。 もしかしたら泣くのかもしれない。 おじさんとおばさんはそれを許してくれるだろうか。 墓に伝えなくてはならないことが増えて行く。 母さんの墓には何を伝えよう。 何を報告しよう。 何から何までを伝えなくてはならないのか、告白してしまうのか。 オレ達がここを離れている間に起こったこと、出逢ったひと達のことを全て。 他には何を ─── 通い慣れた道を久し振りに踏み締めながら、墓地へと向かった。 fin. |