◇ 子猫日記 4 ◇
○月 ○日(晴れ)
最近暖かな日が続きます。
すっかり僕の毛皮は生え替わり、新しい毛皮はなんだか前より、ぴたっと体に貼り付いているような気がします。
三蔵は、僕がやせっぽちになったと言いました。
背が伸びたと言って欲しかった。
「猫が痩せて来たんじゃねえかだと? 近所のばーさんめ、耄碌してやがるな。
この俺が、どれだけコイツらに食わせてると思ってんのよ?
いつの間にやら、高価い猫缶しか食わなくなりやがって……
どうよ、この色、この毛艶!最高級にゃんこファーじゃねえかよ!
肉球だって、ふわふわじゃねえかよ!
○月 ○日(曇り)
僕は少し大きくなり、前よりも高い塀に簡単に登れるようになりました。
一歩目のジャンプが高くなり、その後爪で「ととと」と登る、歩数が少なくなったんです。
別に大した差じゃないけれど、「ととと」が少ない方が格好いいと、僕は個人的に思っています。
三蔵は、僕より「ととと」の「と」がひとつ、多いです。
知らんぷりしてるけど、本当はとても悔しがっているのを僕は知ってます。
さっきもちらっと僕を見ていました。
「お前ら、ズルくね?
メシ貰って、寝て、遊んで。
そんだけでショ?
なんで通りすがる女、女、女……みんなお前ら見て目ェ細める訳よ?
躯中撫でくり回して、蕩けた目と声出す訳よ?
……三蔵、お前はもーちょっと愛想よくしな。
折角見とれてくれてんのに、撫でようとすると毛ェ逆立てるからみんな怖がる」
○月 ○日(晴れ)
僕は最近、胸が痛い。
ご飯を食べてても、寝てても、遊んでいても、胸が痛い。
痛む所から、何かが溢れて来そうになる。
溢れたものが、身体中に張り巡らされて、しっぽの先や、爪の一本一本までも、満ちて行く。
苦しくなって、ふるりと躯を震わせたら、三蔵が不思議な色の目をして見てた。
紫色の瞳が細められると、色が変わる。
三蔵の目を見ていたら、僕は胸が益々痛くなった。
「……なんだよ、急に懐いて来やがって。
狭い家ン中で、足下すりすり歩き辛いったら。
柔らかくて暖かくて、気持ちはいいけどな。
踏みそうでコワイ」
○月 ○日(晴れ)
月の大きな晩でした。
窓の隙間から、僕はひとりで庭に抜け出しました。
いつも通りの月なのに、青い光が世界中を染めてるような気がしました。
月光は僕の毛皮の表面に反射して、ちらちら発光する静電気のように、僕を包んで行きました。
世界中から切り離される。
身体中に満ちたものの所為で、走り出したいくらいの気持ちなのに、僕はとても淋しくなりました。
もうこれ以上、ひとりではいられないと思いました。
切なくなって、思わず三蔵の名を呼びました。
高く、高く。
高く、低く。
すぐ傍に、ここに来て欲しくて、呼び続けました。
するりと陰が動いたと思ったら、僕の目の前に三蔵が立っていました。
窓を抜け出し月の輝く夜の庭に降り、僕の名を呼び返してくれました。
月の照らす小さな庭は、何時もと違って何もかもが青く染まって見えました。
僕たちは、青い月影を従えながら、見つめ合って名を呼び続けてました。
庭をぐるりと巡るように、向かい合ってひと足ひと足、滑らせながら。
背中を走る、電気のような感覚に躯を震わせながら、どこかうっとりとした気分で。
互いに触れることも出来ないで、ただ名を呼び続けていました。
「『なーーーーーお。なーーーーーーお』、ね。
一晩中やってるつもりかよ。春だねえ。
……いや。
月夜か。
夜は猫の声が通るな。呼び声だしな。
……こんな声で、夜中呼ばれるのもいいかもな」