■■■  cake 

 プレゼントとリボン、ケーキと笑顔
 明るい色と笑い声の洪水
 光が満ちて、その時そこは楽園だった

「おい、買い出しだ」
「え?なんで?」
 八戒がたった今、買い出しに出て行ったばかりだと。
 不機嫌そのものという三蔵の顔と声に、悟空は言い出しかけてやめた。
「ナニ間抜け面で寝てやがる、貴様もだ!」
「でっ!?」
 ベッドに寝そべっていた悟浄が、アタマに踵を落とされて飛び起きた。
「ンだよ、てめェ!?自分の用事だったら自分ひとりで行きやがれ!あ、ナニ?三蔵サマってばひとりで歩くのコワイの?それなら一緒に付いて来てくださいって、可愛くねだってくれればいーのよ?」
 ガウン!
 銃声の直後に、金属の軋む嫌な音がした。
 悟浄が寸前まで寝ていたベッドを銃弾が貫通し、砕かれたスプリングが弾けた音だった。
「……三チャン。今日はキレるの、ちーっとばっか、早くねえ?」
「煩え。下僕は四の五の謂わずに黙って付いて来い。荷物持ちだ」
 くるりと踵を返す三蔵を見て、悟浄は悟空と目を合わせた。
「ナニ?」
「さあ。」
 小声同志の応酬途中、背を向けたままの三蔵の手許から撃鉄を起こしたと思しき金属音がして、下僕ふたりは飛び上がって駆け出した。

 よく晴れた秋空は、澄んだ空気に高く見えた。
 日差しも真夏の苛烈さを忘れたかのように、柔らかな眩しさに行き交う人々や町を包み込んでいる。
 風が清しい。
 頭の後ろで腕を組んだ悟浄が、欠伸をした。
「だりィ」
 つられて欠伸を洩らした悟空も、つい習慣になった言葉を吐く。
「腹減った」
 下僕ふたり組の声が聞こえている筈の三蔵は、ただ黙々と歩いている。
 ように見えた。
 同じ場所を、ぐるぐると。
 小さな町の商店街は、一軒一軒覗いて歩いてもあっという間に制覇し尽くす。
 店先に向けた金糸が被さる横顔が、徐々に不機嫌さを増して行っていることを、何度も覗かれている店番の者達すらも感づいて、引きつり笑顔を返されるようになっていた。

「……三チャン」
「煩い。黙れ。何も言うな」
「でも三蔵…」
「お前もだ。いいから暫く黙ってろ。……いや。」
 くるりと振り向いた三蔵が、思ったよりも真剣な面もちでいたことに、悟空も悟浄も驚いた。
「悟空。お前今何と言った?」
「え?三蔵って言った」
「その前だ」
 苛々と。
 金糸から透ける額に、青筋が浮かび上がっている。
 癇性の強い証拠だと、悟浄は以前どこかで聞いたことのある言葉を、ふと思い出した。
「……何だっけ?」
「腹が減ったと言っただろうが、その口が!」
 ハリセンが軽快に炸裂する音が、通りに響いた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜三蔵。」
「食い物を買え!」
 涙目で頭を抑える悟空に、三蔵が怒鳴りつけた。
「だって何時も買い食い怒るじゃんかっ。それに八戒が戻って来たらすぐ、メシ食いに行くんじゃねーの?」
「そうだ!だから軽食を買え。メシの後に食うモノを買え」
 いや、サルが腹減ってるのは今現在だから。
 メシの後に食うモノ欲しがってるんじゃないだろう。
 ツッコミたい衝動満々でいた悟浄に、三蔵が向き直った。
 目が据わっていた。
「悟浄。貴様の髪は鬱陶しいな」
「へっ…?」
「メシを食う度、顔に掛かって邪魔だろう。いや、目障りだ」
「……俺の髪、切れってか?」
「いや。そこまでは言わん。結え。結わえろ。髪を結うものが必要だろう」
「お前、自分で言ってること、訳分かんなくなってるだろ?」
「いいから、結わくものを調達しろ。そうだ、ナンカ買って、そのついでに、包装を贈り物用にして貰え」
「ナンカって?」
「ナンカだ」
「容器個包装簡略化が進んでるご時世に、わざわざおリボンでも頼めって?」
「そう、リボンだ、リボン。お前の髪をリボンで結え」
 悟浄が、自分の髪がリボンでひっくくられている図を想像して、口を開こうとした瞬間。
「あ。あれ美味そうー」
 悟空の嬉しそうな声が耳に入った。
 悟空のウットリとした目線の先にあったのは、肉屋の店先に吊された、色良く焼かれた焼き豚だった。
 たれに漬け込まれ、艶やかでいてこんがりと、焼かれ燻され、見るだけでその歯ごたえと旨みが想像つく程に見事な焼き豚だった。

 スパーン!

「三蔵、痛いって……」
「あんなに巨大な肉の塊、お前以外の誰がメシの後に食えると言うんだ!?」
 悟空の襟元に掛けられた三蔵の指が、ふるふると震えていた。
「じゃあ三蔵、何なら買っていいんだよ。三蔵は何が食いたいんだよ」
「俺が食うんじゃねえ。…例えば」
 三蔵は悟空に掴みかかったまま、周囲を見渡した。
「……例えば。食後に食うモノだ。菓子、みたいな物だとか」
「おやつ?」
 半ば三蔵にぶら下げられたような姿勢で、悟空は手近に見える団子屋を指さした。
「……デ、デザートだ」
 今度は果物屋を指さす。
「ちょっと違う」
「向こうにアイスクリーム屋さんがあった」
「溶けるから駄目だ」
「ドーナツ?」
「もうちょっと見栄えの良い方が」
「シュークリームとかは?」
「そういう、ちまちましたヤツじゃなくて……」

 ペットと飼い主の微笑ましい光景を見守りながら、悟浄はまた欠伸をしていた。
 ペット。
 飼い主をからかっているらしい。
 長閑ではあるが。

「ごめんくっださ〜い。あ、コレ頂戴、コレコレ」
 一番近くにあった雑貨屋の、店番の老婆に向かって悟浄は大きな声を出した。
 三蔵が悟空から手を離したのは、悟浄が包みを持って雑貨屋から出て来る時だった。
 小さな包みに、細い赤いリボン。
「ホラよ、三蔵サマお望みのおリボン」
「……何を買ったというんだ」
「日常品。ジープの手入れにも使えるかと思って。雑巾」
 どことなく、三蔵の肩が落ちた。
「あっ、オレサマの靴に泥が!」
「あぁッ!?」
 三蔵の目の前で、悟浄はリボンを手荒く解き包装紙を破った。
 買ったばかりの雑巾で、靴の爪先を磨く。
「ふう。きれいになったな」
「………。」
 悟浄に手渡された雑巾を、三蔵は茫然と眺めていた。
 確か、自分は何か違ったことをしたかった筈なのだが。
 そう思いながら、掌に乗せられた雑巾を見つめていた。
「……こんなの、要らねえ……」
「三チャン、要らねえの?じゃ、一番使いそうなヤツに遣るかあ。な、八戒!」
「雑巾、助かりますけどね」
 すぐ傍から笑いを含んだ声が聞こえ、三蔵は慌てて振り向いた。
 買い出しの荷物を腕に抱えた八戒が、すぐ傍に立っていた。
「使ってくれる?」
「勿論」
「嬉しいねえ。じゃ、オマケ付けるか」
 にや、と笑うと、悟浄は数歩先の花屋に向かった。
 悟浄が店から出て来た時には、たっぷりと腕に揺れる桔梗の花。
「……好きだろ?花言葉『誠実』だってさ。カワイイねえ。ちなみにお前さんの誕生花は蛇の目菊で花言葉は『私を見つめて』だと」
「らし過ぎます?」
「だな」
 ばさ、と。
 抱え込んでいた荷物と交換するように、音を立てる程大きな桔梗の花束を受け取った八戒が、ほんの少し困った顔をした。
「ありがとうございます、悟浄。でも…」
「街出る時には、宿のねーちゃんにでもおばちゃんにでも、やりゃいいって。花受け取って嫌がる女いないし」
「ちょっと惜しい気もしますけど、そうさせて頂きます」
 八戒は桔梗の紫に顔を埋めた。
「ありがとうございます。嬉しいです」

 三蔵の目の前で、大きな花束を抱えた八戒が悟浄と何か話しては、くすくすと笑っていた。
 花束には大きなリボンがきれいにデコレイションしてある。
 そして悟浄の手に弄ばれる、細くて赤いちっぽけなリボン。
 蝶結びに結んだリボンの端を、悟浄は爪先で摘んで引っ張った。
 はらりと指から離れたリボンは、緩くきれいにカールしている。

「オマケのオマケ」

 悟浄は赤いリボンを放った。
 三蔵の頭の上に。
 金糸に赤いリボンが、くるくると絡まる。

「何をしやが…」
「さんぞ」
 怒鳴ろうとした三蔵の法衣の袖を、悟空が引っ張った。
「いい加減に、ケーキ買いに行こ」
「あ!?」
「ケーキ買いたかったんだろ?」
「な!?」
「見栄えがしてデッカイ、ホールのケーキだろ?」
「てめ!」
「違うの?」
「!!」

 西へ向かう三蔵一行の、たまたま長閑な一日。
 プレゼントとリボン、ケーキと笑顔。
 明るい色と笑い声の洪水。
 三蔵が払い除けても払い除けても、赤いリボンを誰かが金色の頭の上に載せ続けた。
 怒鳴り過ぎで三蔵の血管が切れるのではないかという頃になって、漸くリボンは八戒が、大切にポケットにしまい込んだ。
 それはそれで、三蔵の頬の紅潮を増すことになったのだが。

 

  光が満ちて、その時そこは楽園だった。










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