■■■  誕生日 

「誕生日って、一般的に祝って貰えるものなんですよね」

 自分に向けられた笑顔が、三蔵の気に障った。
「生まれて来てくれて、出逢えて嬉しいって、祝福されるんですよね」
 目の前の男は立ちすくみながら、茫然と、でも微笑んでいた。
 その笑顔が彫像めいて、気に食わないと三蔵は思った。
「ああ。俺も正確な誕生日とやらが不明だからよくは判らんがな。俺を育てた人は、その日を喜んでくれていたな」
 自分の拾われた日のことを、三蔵は養父に聞いたことがある。
 小箱に流されて揚子江の畔に辿り着いた日のことを。
 生まれたての、あり合わせの衣服を纏わされ、まだ生乾きの臍の緒をつけたまま泣いていた日のことを。
 臍の緒の具合を見た者に、生まれて間がなさそうだから、拾われた日が生まれた日であろうと言われたのだと。
 そんな他愛のないことを、とても大事そうに告げて微笑んだ人のことをも、思い出す。
「何の祝いがあった訳でもないが、その日はどこかに連れ出して貰っていたな」
 一日、何処かの野原や小さな村で、笑って過ごした。
 そんな息抜きの野遊びよりも、普段忙しい養父が自分ひとりの為に傍にいてくれることが、その頃の三蔵にとっては幸福だった。
「愛されて、いたんですね」
「ああ。そうなんだろう」
 男の声までもが、ぼんやりと浮世離れしているような気がした。
 それが苛立たしくて、三蔵は男と目を会わさぬように、懐から取り出し咥えた煙草に火を着けた。
「僕も幼い頃は、誕生日を祝って貰っていたんですが。プレゼントとリボン、ケーキと笑顔、そんな賑やかな記憶が残ってますから」
「プレゼントだのケーキだの、そんなモノは俺は無縁だったがな」
「お寺ではケーキは食べさせて貰えないんですか」
「饅頭くらいは食わせて貰った!」

「僕の育った場所では。」
 要領のよいこの男にしては珍しく、訥々と、呟くように喋り続ける。
「僕の育った場所では。誕生の祝福も、日々の糧への感謝も、同じ重さを持っていたから。慈愛の籠もった祝いの言葉も貰えたし、ささやかながらケーキも作って貰えたけれど」
「……ケーキ食えただけ、よかったじゃねえか」
 男が小さく笑う気配を感じ取りながら、三蔵は新しい煙草に火を着けた。
「みんなに平等に与えられる愛とケーキ。みんなで平等に分かち合って食べる。……情愛を傾けて貰えていたことは確かなんですけどね」
 僕は欲が深いですから。
 おかしそうに、男が笑った。

「孤児院を出て、共に過ごすようになった女性は。僕と同じ日に生まれた女性だったので」
 男のゆっくりとした話を聞きながら、三蔵は咥え煙草の先端を見ていた。
 煙を吸い込むタイミングと同時に、ぽうっと赤い灯が灯る。
 時折風に煽られる紫煙に目を眇める。
「僕たちは誕生日を祝わなかった。心のカレンダーにはっきりと記された日のことを、なかったことにしたがってた。その日は何も祝わずに、ただいつもよりきつく手を繋いで過ごしてた」

 自分の半身だから愛したのに。
 見知らぬ同志がある日出逢って、それから知り合って、やがて触れるようになって。
 そんな風に過ごしたがってた。

「ちゃんと祝ってあげればよかった」

 男の吐息が、長く続いた。
 三蔵はそれに合わせるように深く煙を吐き出した。
 紙巻き煙草は呆気なく燃え、灰になって行く。
 些細な動作や当たる風に、真っ白な灰がひらひらと、またぽたりと落ちて行く。
 三蔵は静かに深く煙を吸い込むと、男の顔に向かって吹き付けた。
「げほっ!?」
「フン」

「あなた、過ぎた時間のことに対して、同情心ないですよね」
「当たり前だ。不可逆な時間遡って、坊主の説教如きが効くとは思い上がってねえよ」
 煙たさに目に涙を浮かべた男の視線の先で、三蔵は幾本目かの煙草に火を着けた。

「でも、優しいですよね」

 足下にばらばらと散らばる吸い殻。
 降り続ける灰。
 男のすぐ傍らで、灯り続ける小さな赤い灯。

 三蔵は黙って紫煙を吹き上げ続けた。

「傍にいてくれて、ありがとう」

 突然君に置いて行かれても、生きて行けるだけの強さを、君からも貰ったから。
 もう届かないかもしれないけれど。
 誕生日おめでとう。
 共に生まれたのが君でよかった。










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