鏡像
『鏡像- side: A -』
薄暗い室内に、海馬瀬人はただ只ひとり、立っていた。
硬質な足音を立てて近付いた姿見に、更に硬質な表情が浮かび上がった。

「馬の骨め。愚民には何を言っても無駄だ…!」

喜怒哀楽が表に出にくい顔の、食いしばった奥歯が軋む音を立てた。

遊戯の傍に、何時でも現れる男。
軽薄な物言いと無鉄砲さ。
ブラフばかりの、実のない勝負師。

それが。

何故ああも、勝利を信じることを躊躇わないのか。
ぼろぼろになってもまだ、仲間の為に身を張ることが出来るのか。

「愚かだ」

海馬は、鏡に拳を叩き付けた。
冷たい硝子の感触だけが、掌に帰る。

夜明けの太陽が、カーテンの狭間から室内に差し込んだ。
浮かび上がる鏡像は、硝子の筺に閉じ込められた、ナニモノカのようだった。
孤独の檻に捉えられ、まだそれに自ら気付かぬ海馬の心のようだった。

姿見に背を向け、海馬は歩き出した。
欠落の思いを抱きながら、今日もただひとりで。
- end -




『鏡像- side: B -』
海馬瀬人の朝は早い。
姿見に向かって、笑顔の練習から始まる。
「……フッ」
これでもまだ、練習を始めた頃に比べれば、頬の攣きつりはマシになったのだ。
今日こそは、言えるだろうか。

「馬の骨め」
※『お前が何者でも構わない』

「愚民には何を言っても無駄だ」
※『お前との間に、言葉なんか要らない…!』

海馬は、悔しさに歯噛みした。
―――― どうして、素直な言葉が出て来ないのだろう。
鏡の中の自分を相手に練習しても、それでさえも心の内を表すことが出来ない。
そして愛しの凡骨は、明確な言葉以外の意の外までは受け取ってはくれない。
そんな素朴な一本気さを剥き出しに、玉砕覚悟の無鉄砲なデュエルをしては、ずたずたに傷付きまた笑う。

「愚かだ」
※『城之内、頼むから我が身のことも、もっと考えてくれ』

姿見に向かって苛立ち紛れに叩き付けた、拳がじん、と痛かった。
素直に好きと言えないと、10年後には恥ずかしさに大笑いをしてしまうようなことを悩みながら、それでも『愚か』なのは自分もなのかと、微かには気付きながら。

……遊戯だったら、言わずとも察してくれるのに……(涙)。

愛の責任転嫁。
夜明けの太陽が、カーテンの狭間から室内に差し込んだ。
浮かび上がる鏡像が、もう一度だけ「フッ」と笑みの形に歪んだ。

本日の笑顔の練習、取り敢えず挫折せずに完了。
姿見に背を向け、海馬は歩き出した。
欠落の思いを抱きながら、今日もただひとりで。

『明日こそは……
 明日こそはもうちょっと、にこやかに笑ってみせる……
 そして何時か城之内に向かって……!』

海馬瀬人、毎朝決心だけはする、17歳の青春。
- end -












note
海城サイトGolden Honey Sweetsの和泉あゆみさんへ押し付けた海→城です。
海馬くんはー、正直になれない処が可愛いですーー。
今回の海馬くんは一応攻キャラのつもりで。


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