ごじょはち
 蒸し暑い日だった。
 買い出しに出た帰り道、悟浄と八戒の並ぶ影が、道路に色濃く映った。ふたりの両腕には、ずっしりと重たい食料や瓶の包み。
「何でこういう日に限ってジープで来ないんだよ」
 汗を拭うことも、煙草を吸うことも出来ずに、悟浄が不平の声を上げた。
「しょうがないじゃないですか。風邪気味のジープをこんな蒸す日に無理させたら、悪化しちゃうじゃないですか」
 八戒とて、汗ばむ気候の中の重労働には、疲労を感じ初めていた。

 じりじりと日差しが首筋の後ろを灼いた。夏にはまだまだ遠いのに、今日一日で日焼けをしてしまいそうだ。八戒はそう想いながら天を向いた。
 太陽は未だ真夏の激しさを持たず、風は心地よさを伝えてくる。それでもやはり、久しぶりに浴びる陽光には躯が付いて行かなかった。
「ああ、もう夏物を出さなくちゃ」
 昨夏仕舞い込んだ半袖のシャツを思い出す。白の麻で、肌触りがさらさら、ざらざら、気持ちよかった。白は紫外線を通すんだろ、と、そのシャツを一緒に買いに行った悟浄は、自分用には黒のタンクトップを選んだのだった。
 結果、紫外線を撥ね除けた黒タンクトップの形そのままの、ペンギンの白黒模様を思い起こすような、見事な日焼け。
「……くっくっく」
「あァ?何よ?」
 突然笑い出す八戒に、悟浄は気味悪げな視線を寄越した。
「もー疲れた。一服する」
 悟浄は商店街の日陰の壁際に荷物を投げ出し、しゃがみ込んで煙草を咥えた。
「根性がないなあ」
 しゃがみこんだペンギンという、何ともとりとめのないシロモノを想像しながら、八戒も隣に荷物を置いた。
「あ。ちょっと待っててください」
 ふと何かに気付いたように顔を上げた八戒は、ひとこと言って人混みに消えた。
「なんだァ?」
 行く先の詮索もする気が起こらず、悟浄は煙草をふかし続けた。勢い良く吹き上げた紫煙に沿って目線を動かし、空を見た。
 青。
 真夏の、濃い青色ではない、澄んだ青。
 紫煙は天まで上がっても、雲にはなれないんだろうか。
 入道雲を作れるほどのケムリを吐いて来たのに。
「……なんつって」
 空を見ながら、また煙を噴き上げた。

「悟浄!」
 八戒の声に振り向いた瞬間、投げられた物に慌てて手を伸ばした。よく冷えて、露にびしょびしょに濡れたビール缶。
「サンキュ。……真っ昼間っから、おカタイ八戒サンが珍しいねえ」
「今日は運転ありませんし」
 揃って開けたプルトップから、炭酸が溢れてふたりの手に流れた。
「勿体ね」
「なら呑んで下さいよ」
 八戒の言葉通りに、悟浄は流れるビールに口を付けた。
「冷て」
「一番冷えてるの貰って来ましたから」
 澄まし顔で八戒も缶に口を付けた。ほろ苦い液体を喉に流し込むと、やはりまた空が目に入った。商店街の人の流れから外れて壁にもたれて地べたに座り、大の男がふたり空を見上げ続けた。

「もう夏ですね」
「ああ」

 淡々と。自堕落に。
 ふたりの夏は、そんな風に訪れた。








fin



note
03年の5/8に、掲示板にちょこっと書いたssです。
エロも何にもないのですが、何故か自分で気に入ったので、
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